▼ 第四十八話 青光
「大地、どこまで行ったのかしら」
時計と、大地が行った方角を交互に見ながら、アスナは焦れたようにつぶやく。名前も一通り情報を収集し終えたので、大地とエックスの意見を聞きたかった。アスナはデバイザーの電源をダメ元で入れるが、やはり届かないようだ。電波自体がない。
アスナが腰を浮かせたとき、奥から突風が吹き付けてきたと同時に、何かが崩れるような、あるいは巨大生物の咆哮にも似た轟音が響いてきた。
「大地!」
駆け出したアスナに一瞬遅れて、名前も走り出した。
大地の姿は、横道が終わるところ近くでようやく発見された。
大地はアスナを振り返らず、横道の外を凝視していた。
「何が起きてるの?」
アスナと名前がその隣に行き、大地の視線を辿る。絶えず地響きや、何かがぶつかる音が響いて洞窟の壁を揺らしていたが、ようやくその正体が二人にもわかった。
横道を抜けた先は広い空洞になっていた。
その中で巨大な怪獣と、青い巨人が戦っていた。
空洞といっても天井までは100メートル以上、周囲は3キロメートルはありそうだ。岩肌は金属光沢を持っており、でこぼことしている。ところどころに青白く光る結晶のようなものが生えていて、怪獣が足踏みをするたびに震え、破片が溢れてきらきらと光を反射していた。
空気がはっきりと違う。ひんやりとしていて、嗅いだことのない匂いがしていた。
風が吹く方へ目を向けると、怪獣のさらに奥に、青い光を放つものがあった。その光はよく見ていると一定ではなく、怪獣が跳ねて地面が揺れると弱まるようで、強弱があった。丸く、天井に向けられたそこは襞のように層ができていて、層の中心はほとんど白に近い色を放っていた。襞の部分を支えるように、黒い岩が地面に根ざしている。この空洞全体を照らすのは、その岩の青白い光だった。
怪獣の身体には硬い鎧があり、その青い光を受けて毒々しく光る。六本の象のように太い足を踏ん張り、巨人の攻撃を耐える。いくら巨人が打ち込んでも、まるでびくともしていなかった。
巨人が怪獣から距離を取り、右腕を掲げると、腕に嵌められた宝石が光り輝く。そこに溜めたエネルギーを光線にして、怪獣に放った。怪獣は頭を引っ込め、鎧で身を守る。綺麗に揃った鱗が光線を弾き、大きく曲がって天井の一部を崩した。
「あれって……ウルトラマン?」
アスナは青い巨人を観察しながら眉を潜める。青い身体に銀色の筋が入り、肩は鎧を纏ったように尖っている。昆虫のような目は白い光を湛えていた。
「あの怪獣が、地響きの正体です。あいつが俺たちの地球に侵攻してくるのを、彼が止めてくれてるんだ」
大地が確信を持って答えた。
「あれが……」
名前は息を詰めて青いウルトラマンの戦いぶりを見つめる。人間で言うと耳に該当する部分がヒレのように突き出している。
マックスやゼロとはまたタイプの違うウルトラマンだ。
怪獣の方が優勢のようだった。ウルトラマンは怪獣を押さえ込むのに手一杯で、押し戻すにはあと一歩足りない。
「名前さん、前に出過ぎよ」
カメラを構えていた名前は、爪先がほとんど外へ出そうになっていることにアスナに言われてから気付いた。
横道はそこで途切れ、垂直な壁に面している。地面まではかなりの距離だ。落ちれば命はないだろう。そこへ、揺れが来て名前はバランスを崩す。はらはらしていたアスナはすかさず手を伸ばし、名前を中へと引き戻した。
「仕事も大事だけど、ちゃんと周囲に注意して!」
「ありがとう。気をつけるわ」
名前はアスナに頷いてみせ、すぐに巨人と怪獣に目を戻した。怪獣が突進してきた。巨人は後退し、それをかわす。じりじりと巨人が移動し、彼の背がこちらに向けられる。
怪獣が尻尾を振り上げ、近くの岩を砕いた。砕かれた岩は勢い良く飛び散り、礫となって飛んでくる。
そのうちのいくつかは巨人を飛び越え、名前たちのいる方へ向かってきた。
アスナが警告と恐怖の入り混じった悲鳴を上げる。その声を青い巨人は、確かに捕らえた。名前は青い巨人がこちらに反応して振り返ったのを見たが、見えたのはそこまでだった。視界がぐるりと周り、足が地面を見失う。
アスナに下がれと言われたのに。また前へ出てしまっていたようだ。岩石が近くの壁にぶつかった衝撃は大きく、名前は支えを失って横道から飛び出した。
手が宙を掻く。音が遠くなり、迫り来る地面の表面まではっきり見えたと思った。あれに触れたら、どんな手触りなんだろう――
あまりにも明確に死を目前にしたためか、返って冷静に静まり返った意識で名前はそのときを迎えようとしていた。
自分の身体が考えられない速度で落下しているのがわかったが、遠い出来事のようだった。
「――名前!」
エックス。
悲鳴のように自分の名を呼ぶ彼の声に意識が引き戻される。耳に音が戻ってくる。そのとき黒い影に包まれて、名前はぎゅっと目を瞑った。身体への衝撃は思った以上に軽微で、ほとんど痛みがない。むしろ、ふわふわとした手触りだ。これは異郷の地面の感触ではない。以前、似たようなものに触れた。
ゆっくりと頭の上を覆っていたものが開き、光が戻ってくる。
名前がそっと目を開けると、青い巨人が向かい合っていた。
名前は巨人の手に押し包まれ、その手のひらに座り込んでいた。地面に激突する寸前、彼がすくい上げてくれたのだ。
「なぜこのような場所にいる」
青い巨人が語りかけてきた。
「ここは星の最奥だ。君たちのような地上に生きる物に入ってこれるはずがない」
「それほど深くはないはずだけれど……。私達、地割れに飲み込まれてここへ落ちたのよ。たぶん、あの怪獣のせいで」
青い巨人は怪獣を振り返る。怪獣が身構えているのを見て会話を中断し、名前を乗せた手のひらをそっと移動させると、元の場所、横道へと戻してくれた。
「名前さん!」
手のひらから降りた名前に、大地とアスナが駆け寄り、二人共その手をもう離さないとばかりにしっかりと握りしめた。名前は確かな地面を足の裏に感じながら、二人の手を握り返し、心配に青ざめた顔をしっかりと見つめた。
「なるほど、この道から来たんだな」
彼の片目よりも小さい直径の横道を覗きながら、青い巨人は分析した。
「よく聞け。ここは君たちが元いた場所とは違う次元だ。まだ完全にこちら側へ来ていないから無事でいられているが、長く留まればその身体は変質し、恐らくそれに耐えられず壊れるだろう」
巨人は恐ろしいことを淡々と告げる。
「ゆけ。あの怪獣は君たちの世界に行こうとしている。俺はそれを止めるために戦っている」
大地が答えようとしたとき、巨人の背中に衝撃が走り、巨人は呻いて壁に手を着いた。大地とアスナは名前を引っ張り、横道の奥へ避難する。怪獣はさらに尻尾を振り上げ、二撃目を巨人の背中に打ち下ろした。
「早く! 立ち止まっている暇はないぞ!」
「行こう!」
戻ればまた怪獣の大群――サソリに似た巨大な生き物だった――に出くわす危険があったが、もたもたはしていられなかった。巨人を振り返る余裕もなく、怪獣の唸り声に追い立てられるように三人は横道を走って戻った。