01思い立つ



「こんにちは」
 そっとドアを開けると、店長のシンさんと目が合った。今日はカムイくんはアルバイトお休みみたい。
 私はぺこりと頭を下げて、店内へ視線を走らせる。ショーウインドウに並べられたカードを見る振りをしつつ奥の方へ入っていき、クロノくんがまだ来ていないことを確認した。
 小さく息を吐くと、誰かが私の名前を呼んだ。
「ゆりかさん! こっちです」
「トコハちゃん」
 快活に片手を振ってくれたのは、この店の常連のトコハちゃんだ。お友達のクミちゃんも一緒にいる。クロノくんと同じ学校で、同じ年齢の女の子。何度かクロノくんに会うためショップに通ううちに、仲良くなった。
「クロノのやつ、遅刻ですね」
「ううん、私が早く来過ぎちゃったの」
 トコハちゃんの言葉に首を振ると、クミちゃんがデッキをシャッフルし始めた。
「それじゃあゆりかさん、新導くんが来るまで私とファイトしてください〜」
「んー、そうだね。しばらく付き合ってもらってもいいかな?」
 私のデッキはどちらかといえば好きなユニットを集めている趣味のデッキで、相手に勝つことはあまり考えていない。だから、手応えがなくて退屈させてしまうかもと思い、あまり人とファイトすることは少ない。これでも、クロノくんに鍛えられたお陰で、少しだけ、成長したと思うけれど。クミちゃんやトコハちゃんの方がずっと強い。
 それでも二人は、とても楽しそうにファイトしてくれるから、私も二人と戦うのは好きだ。
「ゆりかさんは、クロノとどんなところにデートへ行くんですか?」
「へっ?」
 クミちゃんとファイトを始めると、トコハちゃんが出し抜けにそんなことを聞いてきた。完全に不意打ちだった私は、ライドし損ねる。
「さっき、トコハちゃんと話してたんです〜。近くの薔薇園が今満開だから、行ってみたいね〜って」
「でも、カップルが多いって話を聞いて、なんだかしらけちゃって」
「そ……そうなの? お友達同士で行く子も、家族連れも、たくさんいると思うけどなー……」
 そうなんですけど、とトコハちゃんは肩を竦める。
「せっかく行くなら、素敵な人と、ロマンチックな気分に浸りに行きたいなーって」
「でも、私はトコハちゃんと行きたいな〜」
「そう? じゃあ今度学校帰りによろっか」
「うん!」
 トコハちゃんはころりと言葉を翻して、クミちゃんと笑い合った。仲が良くて羨ましい限り。日取りを決めたトコハちゃんは、話を最初に戻した。
「クロノには、そういうロマンチックなこととか望めませんよね。あいつ、鈍いし」
「え? えーっと」
「あいつのことだから、カードショップとかドラエン支部とか、そういうとこにしか行ってないんじゃないですか?」
「うっ」
 トコハちゃん、さすがクロノくんのことよく知ってる。言われてみれば、クロノくんとは家か、ショップか、ヴァンガード関係の場所にしか行ったことがなかった。薔薇園なんて、候補にも上がっていなかった。それは、私自身が引きこもり気味で外出するより家にいるのが気楽……っていう性格であることも多分に関係しているけれど。
「デートか……」
 考えたこともなかった。
 でも、クロノくんとだったら行ってみたいかも。薔薇園……はさすがに、クロノくんは退屈だろうから、もっと二人で楽しめるような場所。
「あっ、新導くーん」
「えっ!?」
 クミちゃんがのんびりと手を上げた方向を見ると、クロノくんが入店して来たところだった。
「新導くんは、どんなデートコースが好き〜?」
「はぁ?」
「ちゃんと答えなさいよ、はぐらかさないで」
「なんでお前たちにんなこと話さなきゃ……うわっ、ゆりかさん!?」
 クロノくんはクミちゃんとトコハちゃんの間に隠れていた私の姿を発見して、必要以上に飛び上がった。
「こ、こんにちは」
 なんとなく照れくさくて、他人行儀な挨拶をしてしまう。
「こ、こんにちは」
 クロノくんもぴしっと背筋を伸ばして、強張った面持ちで挨拶をし返した。
「じゃあ、私達カフェに行くので。ゆりかさん、次は私とファイトしてくださいね!」
「あ、うん!」
 トコハちゃんはぱっと立ち上がる。切り替えの早い子だ。
「クロノ、しっかりやるのよ! クミちゃん、行こう」
「はーい、ゆりかさん、ありがとうございましたぁ。また遊んでくださいね〜」
 薔薇園も一緒に行きましょうね〜と付け足して、クミちゃんはトコハちゃんに手を引かれて行ってしまった。
「薔薇園?」
「うん。今、見頃なんだって」
 クロノくんと私はあっという間に行ってしまった二人を見送ってちょっとあっけに取られながら、改めてファイトテーブルに向かい合って座った。クロノくんはほとんど無意識にデッキを取り出してカードを切り始める。
「へえ。あいつらと行くのか?」
「どうだろう……。二人は学校帰りに寄るって話してたから」
「ふうん。薔薇、好きなのか?」
「そうだね。あの香りに包まれると癒されるし」
「そっか。スタンドアップ」
「ヴァンガード」
 二人で同時に言って、ファイトを始めた。
 しばらくは淡々とターンを進めて行ったけれど、胸の中ではトコハちゃんの言葉がぐるぐるしていた。デート。
 私とクロノくんは、恋人同士……という関係に、曲がりなりにも、なったのだし。
 二人きりで、どこかへ遊びに行く、なんてことを、してみてもいいのかもしれない。
「あの」
「あのさ」
 意を決して口を開いたら、クロノくんと被ってしまった。
「あ……どーぞ」
「クロノくんから」
「いや、俺は……別に、大したことじゃねーから」
「そう? ……」
 お互い譲り合ってしまって、沈黙。
 なんて言おうか考えあぐねながら店内に目を泳がせると、さっきより人が増えてきた。
「ね……。このファイトが終わったら、近くのカフェに行かない?」
「ああ、いいぜ」
 ここでは話しにくいから、場所を変えることにした。ふたりとも浮足立って気もそぞろにファイトを終え、シンさんに挨拶をしてから店を出た。
「ここのケーキ、日替わりなんだけど、手作りで美味しいんだよ」
「へえ」
 クロノくんはちょっと落ち着かなげに椅子に浅く座り、そわそわと店内を見回した。さすがに、トコハちゃんとクミちゃんはいない。別のカフェに行ったんだろう。
「カフェ、一緒に来るの初めてだね」
 話題を探しながら口を開く。どうやって切り出そう。クロノくんは少し驚いたような顔をして、そうだな、と俯いた。
「私達、その、付き合って……から、結構経つけど、あんまり出掛けたことなかったね。……って、さっきトコハちゃんに言われて気がついたんだけどね」
 付き合う、と言うだけで顔が熱くなった。クロノくんは、ますます俯いてしまう。
 そんなつもりは全然なかったのだけれど、なんだか責めるような口調になってしまったかもしれないと思って、慌てて言葉を探す。
「ショップで一緒にファイトするのとか、うちで写真撮るのとか、それだけで楽しかったから、なんていうか、全然考えなかったんだよね。その……」
 デート、の一単語を口にしようとするとつっかえてしまう。
「ねえ、クロノくんは……どうかな……」
 それでもなんとか伝えようと言葉を絞り出すと、がたん、と大きな音を立ててクロノくんが立ち上がった。きょとんとして見上げた顔は真っ赤で、真剣だった。
「ゆりかさん!」
「はい!」
「俺とっ、デートしてください!」
 クロノくんは店内に響くくらいの声で言い切って、勢い良く頭を下げた。

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