お姉さんとアイチくん8
あれからは、とりとめもないことをメールでやりとりできるようになった。
でも、今送ったメールはとりとめないことなんかじゃない。
僕の一大決心を乗せたメールだ。
あの人が、このメールを読んでくれますように。
そして、この場所に来てくれますように。
指定の時間五分前に、あの人はやってきた。
「アイチくーん」
いつもの陽気な、可愛らしい声で僕の名前を呼んでくれる。
「ゆりかさん!」
「さっ、早く行こ!」
「えっ?」
いざ、と思っていたら、ゆりかさんは何を思ってかぐいっと僕の腕を引っ張って、ぐんぐん歩き出してしまった。
あれー? おかしいな。
僕のイメージしてたのと違う……!
予定ではこうなるはずだったのに……!
『アイチくん……待った?』
『いいや。さっき来たばかりさ』
『そっか。今日は改まって……どうしたの?』
『何、ちょっとね。ところでゆりかさん、なんだか今日はいつもより可愛いな』
『アイチくんこそ、いつもよりかっこよくて私、ドキドキしちゃう……』
『ゆりかさん……』
『アイチくん……』
「あー! もう行列できちゃってる」
僕の儚い妄想はゆりかさんの落胆の声で掻き消された。
うう、最初の段階で失敗してしまった。なんとか挽回しないと……でも、どうすれば……!
他のプランは全然考えてなかったよ!
「アイチくんもさすが情報仕入れるの早いよね。この公園に新しいクレープ屋さんの屋台が今日できるって知ってるなんて」
「え? クレープ……屋?」
「そうだよ! 雑誌やテレビで取り上げられてる有名なところだから、絶対初日に食べに行くんだって思ってたんだ! ミサキはこういうの並ぶの嫌いだからね。ふふ、アイチくんが誘ってくれて嬉しい!」
「え? あ、いえぇ、どうも……」
あれぇ?
この展開、前にも会った気がするなぁ……。
クレープ……。
僕はなすすべなく、ゆりかさんと共に長い行列に加わることになった。
よし、とにかくまずはクレープを買おう。ゆりかさんがすごく楽しみにしてるし、プランを決行するのはその後でもいいんだ。
並んでいる間にイメージするんだ、クレープを食べたあと、どんなふうに告白するか……!
「アイチくん、どのメニューも美味しそうだね! どうしよう、私選べないよー!」
ああ。
なんて眩しくて可愛い笑顔を向けてくるんだ。
本物のゆりかさんがすぐ隣にいるのに、イメージなんて出来ない……!
もう僕ずっと顔真っ赤な気がする。
大丈夫かな。変じゃないかな。
「二人で4つずつ買ってたべあいっこする? 4つならいけると思うの、私!」
「う、ぼ、僕は4つは……ちょっと……」
ていうか4つずつってことは、合計八種類食べるってことだよね。
クリームでいっぱいになって味もなにもわからなくなりそうだ。
「あは、やっぱ欲張り過ぎか」
「お店は明日もあるんだし……。一日一個ずつ、制覇していこ?」
「……うん!」
よかった。ゆりかさん、納得してくれたみたい。
4つも食べたあとじゃ胸焼けがすごくて告白どころじゃないよね。
ああ、告白、告白か。
僕、今からこの人に告白、するんだ……!
うう、また緊張してきた……。
「毎日食べに来ようね、アイチくん」
「う、うんっ」
「キャピタル行く前でも大丈夫? たぶん、その後じゃ売り切れてると思うんだ」
「ゆりかさんに合わせるよ」
「ほんと? ありがと!」
こんなふうに笑いかけてもらえるなら、僕はいくらでも頑張るよ。ゆりかさん。
いよいよ列が短くなって、僕達の注文する番になった。ゆりかさんは迷ったあげく、店の看板メニューを頼み、僕はいつものイチゴだけのシンプルなものを選んだ。
「アイチくん、好き?」
「ぶっ!」
空いてるベンチに座っていざ試食というときに、いきなりゆりかさんがぶっ飛んだことを言ってきた。僕まだ何も言ってないのに!
「ま、待ってゆりかさん! じゅ、順番に行かせて、順番に!」
「あっ、ごめんね。まずは味を見てからだったね」
「う、うん。そう。さ、さあ、食べよう」
アハハ、とから笑いしながらクレープを食べる。緊張しすぎて味がわからない。
「……僕、飲み物買って来るね。ゆりかさんは何がいい?」
「ミルクティーお願い」
このままじゃダメだ、と一旦離脱を試みる。
自動販売機は少し遠いところにあった。
落ち着け、落ち着くんだ僕。
焦ってたらろくなことにならない。
僕は缶コーヒーとペットボトルのミルクティーを買ってゆりかさんのところに戻った。
「お帰りアイチくん、遅かったね。遠かった?」
「ご、ごめんね。はい、ミルクティー」
「ありがと」
大丈夫、ゆりかさんの顔まっすぐ見なければ大丈夫、平静を保つんだ、僕。
「そう、ちょっと遠いところにあったんだ、自販機」
「そっか。あれ、アイチくんブラックコーヒー飲むんだ? 大人だね」
「ま、まあね」
ゆりかさんにクレープを持ってもらって、僕は缶を開けようとする。爪がうまく引っかからなくてなかなか開かない。
焦っていると、ゆりかさんにクレープを返され、さらにゆりかさんのクレープを渡され、缶コーヒーを取り上げられた。
「はい、どうぞ」
ゆりかさんは難なく缶の口を開け、僕に渡してくれた。
「ありがとう……」
口の中がかさかさでべたべただ。
僕はブラックコーヒーをぐいっと煽った。
そして思わず吹き出した。
「にがっ!」
その拍子にクレープが膝に落ちた。
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