深夜。
静かすぎる家の中にインターホンが鳴り響く。

こんな時間に来訪者とは珍しい。
というか普通はない。

何か緊急の用事かと、外を覗いて驚いた。

「いらっしゃい、骸」

ドアを開け、笑顔で迎える。
なんだか驚いた様子で骸が立っている。

「どうしたの?」
「ユキ。あの…その…」
「入ったら?」
「それじゃあ…」

お邪魔します、と小さいけれど確かに言いながら、骸が入ってきた。

彼を居間の方へ通し、ソファに座らせて、私はお茶を入れに台所へと向かった。

…今日はどうしたのだろうか。
骸がこの家に来るのは珍しいことではないが、さすがに時間を考えない人ではない。

――何か、あったのかな?

何かあったとして、それは私が聞いて良いことなのだろうか。
…こんな時間に来てる理由くらい、聞いても良いかな。

「ユキ?」

ふいに聞こえた声に振り返る。

先ほどは気づかなかったが、骸の目には涙の跡がある。
そしていつもの自信に満ちた目ではなく、傷つくかのような目で私を見つめている。

「骸…」

ぎゅ…と抱き締めて名前を呼ぶ。
なんだか力を込めれば壊れてしまいそうで、そっと包み込む。

「ユキ…?」
「大丈夫。私はもう、消えないから…」
「っ!!」
「私は、ここにいるから…」

僅かに抱き締める力を強くする。

骸の苦しみが少しでも和らぐように。
骸が少しでも安心できるように。

と、願いながら。

「…クフフ」

突然の笑い声に顔を上げようとしたが、頭を抱え込むように抱き締められ、阻まれた。

「ユキには敵いませんね」
「何年一緒にいると思ってるの?」
「クフフ…そうですね」

彼の腕の中、私は笑う。
そして、彼も笑う。

幸せな一時だと思う。
少し前までならば望むことすらできなかった幸せが、今はある。

…なんだか、少し怖い。

「ユキ、君が今考えていることを当ててあげましょうか?」

こくん、と首を縦に振る。
骸は少し間を置いてから口を開いた。

「幸せで怖い…でしょう?」
「フフッ。骸もでしょ?」

骸は返事をしなかったが、頭上から聞こえる笑い声が答えだった。

こんな幸せは今まで一度も味わう事がなかった。
生まれた時には既にマフィアに関わっていて、そのマフィアに実験台にされ、両親も殺されて。
幸せとかそんなものは存在しないと思ってた。

私も、骸も、きっと犬や千種だって。

「ね、骸。今日…泊まってって」

驚いた表情で私の顔を見つめる骸。
普段、私からこんなことを言わないからだろうか?

顔を赤らめた骸は、しばらく私の顔を見て目を逸らした。

「やっぱり、ダメだよね」
「…何があっても知りませんよ?」
「!!それは大丈夫。骸は私の嫌がることなんてしないから」

絶対の自信を持って、笑顔で答える。

骸は優しいから。
本当に嫌なことは、絶対にしない。

「骸は私の期待を裏切らないでしょ?」
「当たり前です!」
「だから、大丈夫」

真剣な顔で答えた骸に、とびっきりの笑顔を向ける。

「ユキ…」
「大好きだよ、骸」

再び骸に抱きつくと、彼の温もりが伝わってくる。
骸が小さな声でありがとうございます、と言った気がした。

君の温もり

――この温もりだけは消えませんように。



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