お祭りの喧騒の中を私たちは歩いていた。
「ユキ、大丈夫ですか?」
「うん」
「早くはありませんか?」
「大丈夫だよ」
「疲れたら言ってくださいね?休みましょう」
「ありがとう」
骸の心遣いが嬉しくて、自然と笑顔が浮かぶ。
初めて浴衣を着る私はうまく歩けずにいた。
時々よろめく私を気遣って、骸は一歩後ろを歩いてくれている。
「ねぇ、骸。あれは何?」
そういってふわふわとした白いものを指差す。
浴衣もそうだが、お祭りも初めてである私には全てが新鮮に映っていた。
「あれは綿菓子ですよ。食べてみますか?」
「うん!」
そう返事をすると、骸が綿菓子と言うものを買ってきてくれた。
それを受け取り、恐る恐る口にする。
「甘くて美味しい!」
「クフフ、それは良かった」
一口含んだ瞬間に綿が溶けて甘みが広がる。
本当に美味しい。こんなものがあるとは知らなかった。
夢中になってそれを食べていると、前から来ていた人と肩がぶつかった。
「きゃっ!ご、ごめんなさい!」
慌てて謝ったが、相手は私をちらりと見ただけで通りすぎていった。
相手を追いかけようとする骸を止めて、再び歩く。
「ユキ、大丈夫ですか?」
「うん。それにしても人がたくさんだね…」
「そうですね…。はぐれないようにしてくださいね?」
「う、うん!」
人の多さに不安になる。
はぐれないようにと言われても、この人の多さではちょっとした事ではぐれてしまいそうだ。
「あ、あのさ」
「なんですか?」
「手、繋いでもいいかな…?」
「!!」
驚いた表情をする骸。
…やっぱり迷惑だったのだろうか。
「ダメ、かな?」
「そんなこと無いですよ!どうぞ」
そう言って骸は手を差し伸べてくれた。
その手をとり、お礼を言おうとすると、骸に勢い良く腕を引かれた。
バランスを崩し、骸の腕に抱きつくような形になる。
「む、骸!?」
「この方がはぐれないでしょう?」
はぐれないことははぐれないが、どうしようもなく恥ずかしい。
が、骸は離れることを許そうとしなかった。
あまりの恥ずかしさに俯いて歩いていると、骸が急に立ち止まった。
「ど、どうしたの?」
「ユキ、人の少ないところに行きますか?」
「ど、どうして?」
「ユキがあまりにも恥ずかしそうにしているので」
そう言って困ったように笑顔を浮かべる。
――でもこの状況を作ったのは骸だよね。
なんて思うが、あえて口にはしない。
どうせ「それがどうしました?」とか言って軽く流されるだけだから。
「どうします?」
骸からの質問に黙って頷く。
一刻も早くこの状況から抜け出したいから。
私が頷いたのを見て、骸は歩き出す。
どこへ行くのかと思っていると、神社の境内へと着いた。
「クフフ。ここなら大丈夫でしょう」
「本当に人少ないね…」
「ここは屋台も無いですからね。人が来ないんでいい場所なんですよ」
「へぇー…」
「ユキ、疲れたでしょう。座りましょうか?」
骸の提案に頷くと、骸は境内の横にある草地へと連れてきてくれた。
私が腰を下ろすと、その隣に骸も腰を下ろした。
「そろそろですね」
「え?一体何が…」
ドンッ
急に聞こえた爆発音のほうを見ると、空に大きく花が咲いている。
――これが、花火…。
知識としては知っていたが初めて見たそれはとても大きく、暗い空の中できれいに輝いていた。
「ここは、花火の隠れスポットなんですよ。人が少なくて、花火がきれいに見えるでしょう?」
独り言のように骸が話すのを、私は黙って聞いていた。
ここは本当にきれいに花火が見えていた。
きっと多くの人が集まった場所ではこうもきれいには見えていなかっただろう。
「ねぇ、骸」
「なんですか?」
「ありがとう」
花火を見ながらそう言うと、骸に頭を引き寄せられた。
驚いて骸のほうを見ると、僅かに頬が赤くなっているような気がした。
きっとこの顔を見られたくなかったのだと、私はそれを見なかったことにして花火を見つめた。
――連れてきてくれてありがとう。