それは、いつもと変わらない日常のはずだった。
黒曜ランドへ行けば骸がいて、みんながいる。
それが当たり前だといつから錯覚していたのだろう。
なぜ、そう思っていたのだろう。

彼が一つ所にとどまったことなどないのに。

「すみません」

小さく告げる骸の声に私は彼を見上げた。
隣を歩く青年の、その色違いの瞳にはきっと私など映っていない。
どこか遠く、それこそ私なんかには見えない世界を見つめているようだ。
その世界には私がいないだろうことを認識したくなくて、彼を追い越す。

「知ってたよ。骸はいつまでもここにいるつもりがないって」

絞り出した声はひどくぎこちなくなる。
他の人には自分自身の感情さえも騙せる私も、この相手にだけはどうにもうまくいかない。
張り付けたはずの笑顔に涙が伝う。

滲む視界の端に蛍が飛んでいくのが見えた。

「まだいたんだ…。綺麗だね、骸」

そういう声は震えている。……我ながら情けない。
誰が殺されても涙を流せなかった私がこんなことで泣くとは思わなかった。
彼に気づかれないよう、涙をぬぐう。

「ユキ、」

呼ばれると同時に腕を引かれる。
少し強引に抱き寄せられ、気が付けば彼の腕の中にいた。
顔を上げて骸の顔を見ると、滴が私の頬を濡らす。

なぜ抱きしめるのか。
なぜそんなにも辛そうな顔で私を見ているのか。
なぜ、骸が泣いているのか…。

答えはわかっているけれど、それには触れないようにして蛍へと視線を戻す。
今年最後の蛍は今まで見たよりも綺麗に見える。
きっとこれから先、これ以上の蛍は見られないだろう。
その時に、隣にいてほしい人はきっともういないから。

「例え今世ではもう見られなくても、君と…ユキとまた見たいですね」

独り言のようにポツリと呟いた声はちらほらと聞こえる虫の声にまぎれても、私の耳に届いた。
やっぱり骸は私と同じ思いだった、と安心する。
苦しいのは、辛いのは、私だけじゃない。
それを実感できるだけでも救われる。

「ユキ」
「ねえ骸」

ほぼ同時に互いを呼ぶ声。
言いたいことは、思っていることは同じこと。
僅かに笑みを浮かべると、私たちはどちらからともなく口づける。

このでは二度と会えないことをっているから。

――さようなら、愛しい人。願わくば来世で逢いましょう。

あとがき

星輝の主人公と骸のパラレルワールドの一つです。
真実を知っても互いに触れてほしくないであろうことは触れず、時には嘘をついて、時には何も言わず、そばにいる。
離れたとしても、それが相手の本心でなくとも意思であると信じて引き止めない。
それが二人にとっての最高の形だと疑っていなかったのです。

2015.11.14



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