“恋の煙”
わかってた。
こうなることはわかってた。
エルザは僕のことが好きだって言うけど、カナンを選んだ。
僕が会いに行けばエルザはいつものように抱きしめてけれる。
カナンも微笑んでくれる。
でもそれがなんだって言うんだ。
惨めになるだけじゃないか。
エルザはこうなることを知っていたんでしょ?
あの時握ってくれた手は、離れるって決まっていたんじゃないの────?
見覚えのある人が前から歩いてくる。
どこか覚束無い足取りのその人は、私が慕っている人。
「ユーリス殿」
「へ……あぁタシャか」
驚いたように顔を上げた彼はわずかに口角を上げた。
しかしその薄青の瞳は潤んでいて、今にも彼は消えてしまいそうだった。
「…私の部屋に来い」
「え!?僕はこれから図書室に」
「そんな顔でうろうろするな」
強引に手を掴んで引っ張る。
このまま城内をうろつかれては私の身がもたない。
いつか彼が攫われるんじゃないかと考えてしまう。
部屋に入ると、彼は涙を流した。
彼がエルザのことを慕っているとは知っている。
ルリ島に平和が訪れてからというもの、エルザとカナンは片時も離れなくなった。
それが何を意味しているかは色恋沙汰に疎い私でもわかる。
手早く甲冑を取り去ると彼を抱き寄せた。
まるで弱っている所につけ込んだようで。
私も堕ちたものだ、と他人事のように思った。
「タシャ離して…っ!」
「構わん、泣け」
「だめだ!甘えて──」
「構わんと言っている」
腕の中から逃れようとする彼を更にきつく抱き締める。
後頭部を掴んで胸に押し付けると、くぐもった泣き声が聞こえてくる。
彼の整った髪がもつぼれる。
きっと後で怒るに違いない。
「────すまなかったね」
「気にするな」
「もう、大丈夫だから…」
トン、と彼が私の胸板を叩く。
腕から力を抜くと彼が顔を上げ苦笑した。
その目元は赤く、いつもの凛とした表情とは程遠い。
彼と体を離すと甘ったるい匂いが漂う。
私の思いが伝わったのか彼が思い出したかのようにポケットを探る。
「あぁ…溶けちゃったかな」
ポケットから取り出されたのは銀紙に包まれたチョコレート。
少し溶けてしまったようで、彼の指にチョコレートが付いている。
「エルザってば…こんなので僕の機嫌を取ろうなんてバカだよね」
「ユーリス殿」
「本当にバカ、なのになんで僕はっ」
そこから先は聞きたくないと思った。
嫉妬とは醜いものだ。
しかし堕ちるならばとことん堕ちてやろうではないか。
私は彼の手を取って跪いた。
驚いたように彼が目を見開く。
「タシャ!?」
「私と共に来てはくれないか」
形だけは跪いているが騎士の威厳も何もない。
彼の前では私もただの男に成り下がったということだ。
「何言ってるんだよ」
「貴殿はこのまま、ここで生きたいのか」
「僕は…ここで宮廷魔道士になるんだ」
「エルザの心が離れても、か?」
彼の瞳が揺れる。
唇を噛み締めて手を振り払おうとするがそれを許さない。
「離せよ!」
「私なら」
陶器のような白い肌に涙が伝う。
それを拭わない代わりに彼の指に付いたチョコレートを舐めとり、口付ける。
「貴殿にそのような顔をさせない」
顔を上げると驚いたような彼の視線にぶつかる。
私はそのまま立ち上がり彼を抱き締めた。
卑怯なのは百も承知だ。
それでも彼が欲しい。
エルザが幸せにできないなら、私が彼を幸せにすればいい。
「うっ…ずるい、よっ!」
「あぁ」
「卑怯だ……っく…ぅ」
「あぁ」
「僕は、まだエルザが」
「構わん」
「私が忘れさせると約束しよう」
腕の中で彼が震える。
抑え込むような嗚咽が耳に届く。
結局私も泣かせてしまったではないか。
これが騎士のすることか…
「抱いて」
「な…」
「忘れさせてよ」
目にいっぱいの涙を溜めて彼が見上げてくる。
声が震えている。
無理をしてるに違いない。
「それはできない」
「…僕のこと、好きなんでしょ」
彼の手が背後に伸び私の髪を解く。
一体どうすれば…
感情が高ぶった彼の言葉は続く。
「タシャの好きにしていいから!」
「貴殿は誤解している」
彼の体を抱き上げ、ベッドに寝かせる。
銀糸が白いシーツの上に広がる。
その頭を撫でてやると彼は目を細めた。
「好きだから大事にしたいのだ」
「……っ」
「急がなくていい、少しずつ忘れれば」
「あんたにっ…僕の何がわかるんだ!」
薄青の瞳から涙が零れる。
細い腕が私に伸びてきてベッドに引き寄せられる。
抗えないのは男の性か。
「今抱いてくれないと…僕は一生この日を思い出して、エルザを思い出して、忘れることができないっ」
目の前に迫る彼の顔。
これでいいのだろうか。
「僕のことが大事なら────」
唇が触れ合う。
チョコレートの匂いが濃くなる。
「抱いて」
解けた彼の髪を撫でる。
情事の最中、彼は泣いていた。
エルザのことを考えていたに違いない。
窓から射し込んだ夕日が彼の赤い目元を隠す。
そして汚れた体を流すのも嫌がって私の腕の中に収まっていた。
「タシャ」
「何だ」
「帝国に戻るんだよね」
ぽつりと零した言葉。
薄目を開けて彼が見てくる。
「あぁ」
「僕、そこに誰も知り合いいないよ」
「?」
彼はクスリと笑った。
「そこでタシャに捨てられたら、本当に独りぼっちだ」
「ユーリス殿」
「そんな堅苦しい呼び方やめてよ」
そう言って彼が私の髪を引き寄せる。
「…これから一緒にいてくれるんでしょ?」
私の髪に顔を埋めたまま彼が小さく呟いた。
あぁそれはつまり────
「ユーリス、帝国にはここより沢山の人がいる」
「ふふ…僕にとってはタシャと僕の二人ぼっちだよ」
彼が顔を上げて少し笑う。
目元の涙に気付かないふりをして、彼を強く抱き締めた。
「ね、いつ行くの?」
「まだ決めていないが」
「明日にしようよ」
急な言葉に驚く。
頭を撫でてやると、少し彼が震えた。
「早く二人ぼっちになりたいんだ」
わがままばかりでごめん。
僕はもう独りになりたくない。
あなたの優しさに甘えたんだ。
壊れ物を扱うかのように僕を抱くから、それがエルザとは違ってすごく寂しくて。
それにあなたの唇からはエルザのくれたチョコレートの甘い匂いがして。
白髪が顔の横にかかるたびに、僕はエルザを忘れようとしたけど、やはり思い出してしまって。
情事の最中に泣いてしまった。
だけど、思うんだ。
あなたのこと好きになれるって。
思い込みかもしれないけど。
あなたの大きな足ならきっとどこにでも行けるんだろうね。
憧れるよ。
だから僕の足だけではいけない場所にも連れて行ってくれる。
今回行く帝国にも、ね。
僕たけだったらずっとここでくすぶっていたと思う。
先のことなんてわからない。
でもここにはいたくない。
独りよがりだけど、もう独りになるのは嫌。
だから、あなたと二人ぼっちになりたい。
「ユーリス、こっちだ」
「────あぁ」
物思いにふける僕の手をあなたが引く。
三つ編みが目の前で揺れた。
僕はあなたの手をギュッと握り返して、歩み始めた。
あぁ僕の手はこうなると決まってたのかな?
あなたに引っ張ってもらうって。
船が進みルリ島は小さくなっていく。
さよなら、ルリ島。
…さよなら、エルザ。
─────────────────
あぁぁ、何故か暗い(^ρ^)
チャットモンチーの“恋の煙”イメージなんですけど…
可愛い話にできなかった私、どんまい!
こんなのでよろしければ…
もやし様に捧げます\(^^)/
相互リンクありがとうございました!これからもよろしくお願いします!
2012.2.15
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[mokuji]
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