赤い糸なんていらない










「あぁ本当にどうして人間ってこうなんだろう」



 突拍子もないエルザの発言。
 僕は彼の顔を見上げた。



「俺はユーリスと一つに解け合いたいのに、完全に一つになりたいのに、なれないだろ?」



 悲しげな顔のエルザ。
 どうやら今の発言は本気らしい。



 城内の彼の部屋は相変わらず物が少なく、殺風景だ。
 全て来たときのまま。
 彼が望むなら部屋中を飾り、煌びやかにすることもできる。
 何故そうしないのか。
 それは、彼に物欲がないから。

 この地位にだって、お姫様にだって、本当は興味なかった。
 ただ流れで彼が祭り上げられ、ただ流れでお姫様と結ばれただけ。
 でっち上げの赤い糸。

 …だって彼は僕だけを求めているのだから。
 本当の赤い糸は僕に繋がっている。



「エルザ」



 悲しそうに瞳を揺らす彼の頬を撫でる。
 すると少しだけ瞳に輝きが戻った。



「くだらない考えだよ」
「どうしてだよ」
「融け合って一つになることなんて不可能だし、もしも一つになったとしても僕らは消えるんだ。この指でこうやって触れることもできない」
「そうだけど…」



 エルザが再び考え込む。
 彼の思考回路は少し変わっている。
 理屈は通用しない。
 そういう所も彼らしくて愛おしいのだけど。



「こういう風にしても、どれだけ近付いても、限界があるから」
「…え?」
「俺達の関係は人に認められるものではないだろ?」



 彼から落ちた否定的な言葉。
 あぁそういうことか。






「誰かに何か言われた?」
「……カナン、俺達のこと、知ってたんだ」
「へぇ」
「でさ、言われた」










「『男女はお互いを補填する存在だけど、あなた達は違う。終着点もない、何も生み出せない関係よ。』ってさ」
「……エルザはどう思うの?」



 しん、と静まり返る室内。
 目を伏せるエルザ。
 心の中で沸き上がるどす黒い感情。



「正しいと思った。だから───」



 彼に触れていた手が握られる。
 ぐいと体が引き寄せられ、そのままベッドに押し倒される。
 白い天井。
 青い瞳。

 目の端に赤い何かが映った気がした。



「───せめて、一つに融け合えないかと思った」



 目を見開く。
 僕と重なった彼の手、小指から赤い糸が見えた。
 それは僕と繋がるわけではなく、どこかに続いていて。



「ユーリス?」



 僕は自由な方の手を伸ばし、エルザの赤い糸を切り捨てた。
 ほんの少し、指先で軽く鋏んだだけなのに、それは簡単に切れて見えなくなった。
 ただの目の錯覚だったのだろうか。

 あぁ、想像以上にお姫様は賢い。
 素直なエルザにこんな事を言って心を揺さぶるのだから。
 面倒な女。



「お姫様の言葉なんて、真に受けちゃダメだよ」
「そうかな?」
「ふふ、嫉妬してるんだよ。僕に」



 彼女を嘲笑うかのように唇を上げるも、内心焦っている僕がいて。
 先程見えた赤い糸は彼女に繋がっていたのだろうと思ってしまって。
 


「嫉妬?」
「エルザが僕だけを求めるからだよ」
「それじゃあ、ダメなのかな?」
「いいんだよ」





 赤い糸を切った指先で彼の頬に触れる。








「───僕だけを見ていればいい」









 嫉妬しているのは僕の方だ。




















 ベッドの上で抱き合って、融け合えそうなくらい肌を合わせる。
 なんて滑稽なんだろう。
 なんて不完全なんだろう。

 やはり僕らは一つになれない。
 新たな命も生み出せない。
 二人の終着点もない。
 形だけでも結婚できたお姫様が羨ましい。

 非生産的な行為だってわかってる。
 それでもこうするしかない。
 こうするしかないんだ。



「エルザ……」



 彼の髪をぐしゃりと掴んで、耳元に口を寄せる。







「愛してる」







 一瞬僕の小指に巻き付く赤い糸が見えた気がした。
 もしも、これがお姫様にも見えたなら、どうする?





「どうしたの?」
「どうせ切られるなら、初めから切っておく方がいいよね」
「何の話だよ」
「別に」





 自らの手で赤い糸を鋏む。
 もちろん実際に見えたわけではないけど。
 ぷつり、と頭の中で糸が切れる音がした。

 頼りなく切れてしまうなら、赤い糸なんていらない。





「ねぇエルザ」
「ん?」
「折れるくらい、抱き締めて」




 どれだけ雁字搦めに、僕らの周りに糸が巻き付いたとしても。
 たった一箇所切るだけで解けてしまう。
 だから、いらない。





「俺、力加減できないよ?」
「わかってるよ」





 エルザの腕に漲る力。
 僕の体は息もできないくらい圧迫されている。

 頼りない糸を信じるより、これの方が数倍いい。





「───────」





 僕は言葉を飲み込んだ。
 今、弱音を吐けばあのお姫様に負けるような気がして。







 僕を離さないで、なんて言えなかった。












 認められなくても、一つになれなくても、君がそばにいてくれるなら僕はそれでいい。
 離れていかないなら、一つになれなくてもいい。

 酸素が足りなくて揺れる思考。
 僕はエルザに縋るようにしがみついた。










「ユーリス」





 弱まる力。
 流れ込む酸素。
 優しい声。





「────俺を愛してくれて、ありがとう」


































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この後、ハッピーエンドかバッドエンドかはご自由に。
私が書くエルユリはバッドエンドになりそうで…(´・ω・`)

たぶんエルユリからのタシャユリとかが頭にあるんでしょうね。

ここまで読んで頂きありがとうございました!



 2012.6.22.
 

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