あなたのそばに01










「───トリスタ様」
「おぉ、タシャか……待たせてしまってすまないな」



 広がる荒野。
 吹き荒れる風。
 風に乗った白い欠片。

 私の師であるトリスタ様は、ただ前を見つめていた。



「ここには村があった」
「…存じております」
「私は騎士の暴走を止められなかったんだよ」



 師の瞳に写るのは、遠い過去。
 それが美しい村か、殺戮溢れる村の場面かはわからない。



「タシャよ、先に戻っていてくれないか」
「ですが、ここは」
「見渡す限り何もない。心配するな……すぐ宿に戻る」
「…承知致しました」



 いつもの豪快に笑う姿はそこにはなく。
 悲しげな笑みを浮かべる師に黙って一礼し、踵を返した。

 師は慰問先を訪ねると必ずその顔で私を退ける。
 まるで私には理解できないと言うかのように。















 戦禍を免れた近くの村へ一人で引き返し、師の帰りを待つ時間は虚しい。
 頭上で飛び回る野鳥を見上げれば、自然と溜め息が零れた。
 足下に広がる影に視線を落とす。

 いつからこのような感情を抱くようになったのか。
 弟子入りを許してもらってからだろうか。
 そうだ、あの時も悲しげな笑みを浮かべて最初は断られた。



『弟子を抱える程の人間ではない』



 当時の言葉が頭の中で反芻される。
 しかしある日、突然弟子入りを許された。
 それから長い月日を重ねた……私は未だ師の背にすら追い付けていない。
 募る想いに比例するように、その差は歴然となっていく。

 師と慕う以上の感情。
 悟られてはいけない。
 弟子云々より何より、私は男なのだ。
 それなのに、私は───










「タシャ」
「っ、トリスタ様…」



 視線を上げれば、そこには心から慕う師の姿。
 ここまで来るのに気付かなかったとは。



「珍しいな。考え事か?」
「いえ、何でもありません」
「無理をするなよ。中で待っていても良かったのだぞ?」



 笑って私の肩を叩く師。
 情けない失態だ。
 こんな時に物思いに耽るなんて。



「…私事に付き合わせてすまないな」
「そのようなことは」
「お前とて用事はあるだろう?」
「いえ」
「儂のせいで恋人もできぬか?」



 キシリ、と胸の痛む音が脳内に伝わる。
 肉体的な痛みとは別で、時折こうして痛む。
 表情に出ていないだろうか。
 取り繕うための適切な言葉を選べないまま、本心が零れる。



「私は…トリスタ様と共に歩めればいいのです」



 必死に絞り出した声は豪快な笑い声に呑み込まれた。



「真面目なやつだな。もう少し肩の力を抜け」
「は…」
「さぁ、中に戻ろう」



 真横を通り過ぎていく、逞しい体。
 私は全ての想いを閉じてその後ろに続いた。














「タシャよ、儂はルリ島に行く」
「はい。伺っておりますが」
「お前は帝国に残れ」



 キシリ。
 宿の割り当てられた部屋に入ってすぐの事。
 当然共にルリ島へ赴くつもりだった。
 何故そのような事を言われたかも理解出来ずに言葉に詰まる。




「な…何故、ですか」
「お前にも自分の人生があるだろう?年寄りの世話役で終えるつもりか」
「そのようなつもりは」
「何故お前は、私に拘るのだ」



 二人だけの室内に響く声。
 師の質問は、騎士の鎧を纏わない私に重くのしかかる。



「私は…」
「儂から教えられることは、もうない」
「そんなことはありません」
「すまない」



 悲しげな微笑。
 私は破門にされようとしているのか。
 言葉が見つからない。



「儂が、お前を弟子とした日のこと…覚えているか」
「えぇ」
「儂は……お前の真っ直ぐな瞳に、美しさに、年甲斐もなく惹かれてしまった」



 目を見開く。
 一体どういう意味で言っているのだろう。
 嗚呼、遠回しに離縁を告げようとしているのだろうか。



「どうしても近くに置きたかった……美しいお前の成長を見守りたかった」
「っ、お戯れを…」
「事実だ。だが…このままではお前の人生を縛り付けてしまうだろう?」



 悲しげな目でそう言うと、同意を求めるように私の肩に手を置いた。



「お前はよくやってくれた。もう十分───」
「トリスタ様、私の言葉を、お聞き下さい」



 喉から声を絞り出す。
 情けなく震える声。
 できるだけいつもの調子を装って言葉を発する。










「私は、トリスタ様を…お慕い申しております」
「お前にとって私は師だからな」
「そういう意味ではないのです」



 肩に置かれた手を取ると、ゆっくり顔に近付けていく。
 今しようとしていることは確実にこれまでの関係を変える。
 このまま遠ざけられてしまうならば、それを回避できるなら、何をしても良い。

 師のごつごつとした指先に唇を重ねた。



「タシャ…」
「どうか、トリスタ様のそばに居させて下さい」



 顔を上げられなかった。
 困惑しているに違いない。
 私がこんな感情を抱いているのは、許されない事なのだ。










「顔を上げろ」



 体が硬くなる。
 ゆっくり顔を上げれば、すぐ前に師の顔があった。
 私が持っていたはずの手は顎を捕らえていて、途中からは強引に顔を上げられた。



「タシャ…都合良く解釈してよいのか?」
「っ、はい───」



 言い終える前に腰に手が回され引き寄せられる。
 迫る顔。
 頬に触れる自分とは違う髪。
 考えが追いつく前に、唇が重なった。










「───ふ、ぁ」
「初めてか?」
「っ…聞かないで、下さい…」



 ひたすら剣に打ち込んでいた私にとって、初めての体験だった。
 体が痺れ、火照っていた。

 ぐっと合わさる唇。
 開いた口から舌が引き出される。
 思わず腰を引こうとするが、それは叶わなかった。
 頭の中に響く淫猥な水音。
 おかしくなってしまいそうだ。



「っん」
「タシャ、儂はお前にこんなことをするやつだぞ」
「トリスタ様のそばに居れるなら…構わないです」



 例え、底無し沼に引きずり込まれようとも。
 あなたのそばに居れるなら。

 ただの駄々っ子だ。
 それでも師が私を求めてくれるなら、離れないで良いなら。



「トリスタ様の望むままにして下さい───」



 開いた口は再び塞がれて。
 腰を引く手に力が籠もった。
 脳が痺れるような錯覚を感じながら、目を閉じて師に身を任せた。

































─────────────────

むしろトリ←タシャである(・∀・)
ここから何だか卑猥になったので分割。
安定の二部構成(笑)

将軍はタシャの成長を見ながら背徳感に苛まれていればいい!
あぁぁ、早く続き仕上げます←



 2012.6.3.


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