ヤマアラシのジレンマ











 近付きたい。
 温もりを得たい。

 でも、傷つけてしまう。
 不器用な僕は幸せにはなれない。




















「おい、ユーリス!さっき指切っただろ?見せてみろ」
「大したことない」



 ジャッカルが僕につきまとう。
 うっとうしくて仕方ないと感じていた、最初は。
 しかし最近はこれが当たり前になっている。
 心地良いと感じるなんて僕も末期なのかも。



「雑菌が入ったらどうするんだよ」
「っ、触るな!」



 口から強い拒絶の言葉がこぼれる。
 あぁこんなつもりじゃないのに。
 掴まれた手を弾くと驚いた顔の彼が見えた。
 女たらしのくせに、傷ついたみたいな顔してる。





 本当は温もりが欲しくて仕方ないのに、また温もりを失うのが怖い。
 いつ死ぬかわからないし、心変わりするかもわからない。
 だから近付く人を拒絶して傷付けてしまう。

 いっそ独りで生きていけばこんな葛藤はないだろう。
 温もりなんて手に入らないんだから。
 自分が望めば手に入ってしまいそうな、この環境が悪いんだ。





「悪かったよ…触らないからそんな顔するな」



 僕はどんな顔をしていたのだろうか。
 苦笑するジャッカルを睨み付けて、僕は踵を返して歩み始めた。

 しかし僕の前に回り込んだ彼。
 男らしい体格に圧倒されそうになるが、僕はもう一度睨み付けた。



「まだ何か」
「触らないから」



 ジャッカルが素早くその場に屈むと、指先に痛みと温かい感触。 
 それが何の感触か気付いた瞬間、僕は彼を突き飛ばした。



「な、何するんだよ!」
「消毒……あー痛ぇなー」



 その場に尻餅をついて嘆く彼を睨み付ける。
 僕の拒絶を彼は簡単に乗り越えてしまうんだ。
 このままでは、僕は…

 でも信じない。
 温もりに縋ったりなんて、しない。



「なーに難しい顔してんだよ」



 ジャッカルが頭を掻きながら立ち上がる。
 僕は視線を落として腕を組んだ。
 舐められた指先からは赤い血が滲んでいるのを確認できた。



「……迷惑だ、僕は」
「お前の意見は重要じゃないんだよなー」



 ジャッカルが口元を上げて僕に一歩近付いた。



「っ、それどういう」
「お前は嘘付きだから」



 ジャッカルが目の前で腕を広げる。
 僕は動けない。
 逞しい腕が僕の周りを囲む。
 触れてはいない。
 本当に囲まれただけ。



「強がるなよ、ユーリス」



 ずるい。
 僕さえ望めば全身に温もりを感じられる。
 彼の逞しい腕がそれを叶えてくれる。

 でも─────















「─────大きなお世話だよ」



 彼の胸板を押し返す。
 指先から伝わったジャッカルの体温。
 今はこれだけで十分。
 これ以上望んではいけない。
 のめり込んでしまう。



「僕は、独りになりたいんだ」

























 遠くに見える銀糸を見て酒を呷る。
 喉が焼けるような錯覚。
 アルコールの匂いが鼻につく。
 やはり酒は嗜む程度が一番だ。

 それにしても相変わらずの拒絶っぷりだ。
 俺に靡かない貴婦人はいないって言うのに。
 そんな懐かないとこも含めて気になるわけだが。



「おいジャッカル!何シケた面してんだよー」
「なんだっていいだろ、お前と違って俺には悩むときもあるんだ」
「ちっ…シケたやつがいると酒がまずくなる!」



 既に酔っ払っているセイレンが席を立つ。
 まぁ、こいつなりに気を遣ったんだろう。





 ユーリスは、俺の手を弾いたときも、俺を押しのけたときも泣きそうな顔をしていた。





(独りになりたいやつが、そんな顔するかねぇ…)



 素直じゃないやつ。
 寂しがり屋のくせに、それを紛らわす方法も知らないし知ろうともしない。

 遠くにいる彼の表情はわからない。
 俺はグラスの酒を一気に飲み干した。
 喉が熱いを通り越して痛い。



「もう一杯いるかしら?」
「いや、酒乱女のためにとっといてくれ」
「ふふふ、わかったわ……お水置いとくわね」



 グラスを手に取るとそのまま席を立った。
 酔いは回っていない。
 正常に歩けそうだ。





 ユーリスに近付く。
 彼は頑なに視線を下げたまま、俺を見ようともしない。



「ユーリス」
「………」
「無視すんなって…ちょっと話そうぜ?」
「……酒臭い、近寄らないで」



 薄青の瞳が俺を睨む。
 まるで威嚇してる猫だ。
 俺は彼の向かいに腰を下ろすと、その瞳を見つめ返した。

 ふい、と逸らされる目線。
 餌付けされまいと逃げてるみたい。



「…お前、寂しがり屋だろ?」



 ガタン、と彼が席を立つ。
 俺はその手を掴んで引き止めた。
 彼が眉を寄せて睨みつけてくる。



「離せ」
「嫌だ」
「あんたに触られると……」



 ユーリスが視線を落とした。
 あの時と同じ泣きそうな顔。
 いっそ泣いてしまえば楽になるだろうに。

 そうだ。















 俺は水を飲み干すと、ユーリスの手を掴んだまま足早に歩き出した。
 戸惑ったように彼が抵抗したが、すぐに無駄と悟ったようで俺に従う。





 酒場の喧騒から離れて部屋に入ると、小さな体を思い切り抱き締めた。



「っ!?はな」
「離さないぜ?お前の本音を聞くまでは」



 耳元で低く囁けば、息を詰めて顔を赤くした。
 こんな顔もするんだな、と素直に感じた。
 抵抗する体を力でねじ伏せるのは好きじゃない。
 だが、素直じゃないこいつが悪い。

 抱き締めたまま部屋の隅に追い詰めて、顔を上げさせる。
 そこいらの女よりも整った顔。

 これは酒に酔った勢いか?
 男だって言うのに欲情している。



「なぁユーリス…どうして拒絶するのに泣きそうな顔するんだよ?」
「僕は…」



 唇が震える。
 薄青の瞳が伏せられ、長い睫毛が影を作る。



「ただ、温もりが欲しいだけだ」
「へぇ?」
「でも無くなるものは最初から」



 言葉の途中で彼に唇を落とす。
 愛しいと思ったら、性別なんて関係ない。
 俺は酔ってなんかいない。

 無理やり口を開かせて深く口付ければ、彼は俺の腕をギュッと握る。



「んんっ……ぅ……」
「ユーリス、お前が望む限りそばにいてやるよ」



 再び耳元で囁くと、わざと音を立てて耳たぶにキスをする。



「や、やめろよ!僕は」
「もっと素直になれよ」



 涙を溜めた瞳を至近距離で見つめる。
 誰だってこんな顔をされれば欲情するに違いない。



「お前が寂しい時、俺が温めてやる…悪い話じゃないだろ?」
「っ……」
「俺を利用しろ」



 ぐっと腕に力を入れて抱き締めて頭を撫でてやる。
 腕の中で小柄な体が震えた。
 そして、彼の腕が背に回された。

 微かに聞こえる嗚咽。
 泣かせてしまった罪悪感はなく、泣いてくれた安心感がある。

 温もりが欲しいなんて誰でもそうだ。
 無駄な我慢をするだけ苦しくなるのに。



「たまに、こうしてくれれば、いい…」
「たまに?」
「あぁ」



 途切れ途切れの言葉。
 俺は少し体を離してユーリスの顎を捕らえた。
 目元には涙の跡。 



「な」
「俺はたまにじゃ満足できねぇな」



 顔を近付けると彼は顔を背けて上擦った声を出した。



「や、やめろよ」
「照れてんのか?」
「違っ……こんなことしたことないから」
「ほーぅ?」



 自分の中の欲望が煽られる。
 どうにかしてやりたい。
 俺ができることなんて一つしかないが。



「寂しがり屋のユーリスに朗報だ」
「………」
「寂しさも拭えて温かくなる方法がある」
「……へぇ」
「その方法、試さないか?」



 我ながらずるい。
 都合の良い方向へ彼を誘導している。

 でも、本当の寂しがり屋は俺自身か。
 気を紛らわすために誰とでも体を重ねる。
 今もユーリスに自分を押し付けているだけ。
 それでもお互いの利害は一致している。





 こくり、とユーリスが頷く。
 それを見て笑みを浮かべると、もう一度その唇に深く口付けた────
























 

 

 



 
 
───────────────────────

なんだかんだで二人とも寂しがり屋(・∀・)
いい感じに書けないー!
でも、つづくかも?

ユーリスは両親のことで
ジャッカルは過去の恋人が亡くなったことで
お互い温もりを欲しながら
でももう失うのは嫌っていう葛藤をしてるといい。
そして自分の気持ちに気付きながらすれ違って(強制終了

お付き合いありがとうございました!



 2012.3.28



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