毎日が自由登校で遅刻もサボりもお咎め無し、なんて規則がゆるいにもほどがある高校で生活していても、昼休みの最中にふたりで学校を抜け出して寮の部屋で「いけないこと」をするスリルとか背徳感はそれなりにあるのだ。一応、彼もぼくも学校では優等生というやつだったわけだし。


「先輩、パン食べてもいいですか?」
シャワーを浴びて戻ってきてからずっとぼくのベッドを占領している鍵介が呟く。こういう時の「いいですか」は確認の皮を被った宣言だということをぼくは知っているので、つまり彼は「パンを食べますよ」と言っている。ぼくが鍵介を好き勝手に抱いた後は彼が王様になる番だから、掠れた甘い声のおねだりを全て叶えてあげないといけない。
床で胡座をかいたまま、放ってある鍵介の荷物の中から購買のビニール袋を拾い上げ、手渡す。鍵介はベッドの上でためらいなくメロンパンの包装を開けた。……よく見ると、ぼくのお気に入りのTシャツを勝手に着ていた。まあ、別にいいけど。
「……お行儀悪いよ」
「いいんですよ」
小さな口が開いて、さっくりとしたクッキー生地を噛む。何が「いいんですよ」なのかは分からなかったが、バターのいいにおいに口元がゆるんだのがかわいかったので、許した。
「先に食べてくればよくない?」
ぼくの問いかけに、鍵介は気むずかしそうな顔をする。
「おなかいっぱいの時にすると、気持ち悪くなるんですよ。だからいつもごはんは後」
「そうなんだ」
「胃が圧迫されるっていうのかな……ぐーって持ち上がる感じみたいな……まあ、松田先輩にはわかんないですよね」
「うん、わかんないね。入れられたことないし」

ぼくが欲しがっているのを察して、鍵介はごはんを食べないようにしているのだろうか。それとも、鍵介がごはんを食べないようにしているの見て、欲しがっているのをぼくが察するのだろうか。……どちらでもいい気がするし、どちらでもない気もする。ただ、お互いのからっぽの器を満たすように傷口を愛撫し合うのは、ひたすらに気持ちがよかった。それだけだ。
「キスしていい?」
返事はない。鍵介は黙々とパンを口に運んでいる。
ずり落ちそうなシーツを気にも留めずベッドの縁に腰かける鍵介に近寄り、脚にキスをする。爪先から足の甲、ふくらはぎ、膝頭へ順番に唇を当てて、次に太腿───そこまでたどり着いたところで、ようやく鍵介は「くすぐったい」と声をあげた。窓から差し込むやわらかな日差しが、ミルクティーのような色をした髪の輪郭を甘く溶かしている。鍵介は笑っている。
「だって、嫌って言わないから」
「嫌、じゃないですよ。くすぐったいだけ」
「じゃあこっちは?」
「……あ、ちょっと、先輩……」
甘ったるい声は、もはや制止を求めてなどいなかった。Tシャツの裾をめくり、下着の中に手を滑り込ませる。ついさっき呆れるくらいに愛してあげた場所に指を触れると、物欲しそうにぱくぱくと広がるのが分かった。
「ふふふ、ちょうだい、ってしてる。かわいい」
「ん……」
「ねえ、もう一回しようか?」
「……仕方ないなあ」
ゆるく弧を描く鍵介の唇に吸いつくと、バターと砂糖の味がした。

このメビウスという箱庭はいつ終わってしまうのだろうかと、いつも考える。もしかしたら鍵介を抱いているうちにふたりで泡のように消えてしまうかもしれないし、また彼がぼくの「先輩」になってしまっても、世界はなんとか続いているのかもしれないけれど。
「こわい……」
そう呟いた鍵介の唇を、手のひらで塞いだ。今更泣き言なんて聞きたくはなかった。地獄で生きることを拒んだぼくたちは、いつか来る終わりの日に怯えながら、ここで穏やかな日常をお互いに与え続けることしかできないのだから。



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