「あれ、今日誠いないんだ……」

きっともう大丈夫だと踏ん切りがついて参加の意を表した同期飲みに、誠の姿はなかった。それどころか他の2人も欠席で、今お店にいるのは私と智子だけ。今までこんなことなかったのに、どうしたのだろうと首をかしげた。

「明日から3連休だからねー」

智子はふうと息を吐きながらグラスに口をつけた。それならまた違う日でもよかったんじゃ?と智子に問うと、まあ暇だからいいじゃん!と智子は笑った。智子は付き合って長い彼氏がいるけれど、遠距離恋愛だから彼とは年末とお盆くらいしか会えないらしい。

「松野くんは彼女と旅行で、元ちゃんは富士登山らしいよ!―――で、高田くんは彼女の実家に挨拶だって」

智子の楽しそうな声に息が止まった。智子はお酒が強いほうでもないから、そろそろ楽しくなってきているらしい。わたしは枝豆をつまみながらうまく呼吸ができるようにこっそり深呼吸を繰り返した。誠が結婚してしまう。そう考えただけでうろたえるわたしは、まだ完全に誠を吹っ切れないでいるのだろうか。自分でもよくわからなかった。客観視ができない。

「高田くんが同期で一番乗りだね、結婚」

「そうだねー、彼女と長いんだもんね」

まるで仕方がないというような感じで智子に同調した。仕方がない。そう思うしかない。そのほかの気持ちの整理の仕方をわたしは知らない。だから仕方がないのだ。あれもこれもそれもみんな全部。

「ねえ、可奈。高田くんのこと好きだって言ってたじゃん」

「んー?……うん、そうだね」

「それはもういいの?」

「…………」

わたしは黙ってしまった。うん、と一言言えばいいものを。

「もう、いい」

まるで自分に言い聞かせるように、かなりのタイムラグを経てやっと口にできた。私の決心はそんな程度だったのかと思うと情けなくなった。智子がわたしの目をじっと見る。

「なに?」

何かを見透かされそうで、心臓がバクバクと暴れた。もう人に見つかったら困るものは置いてきたはずなのに。かすかに残る気持ちの余韻ですら人から咎められてしまうものなのだろうか。

「んーん。2人でも全然楽しいねーっ」

ふへへと笑った智子はかなりお酒が回ってきているようで少しほっとした。

今日、誠が来なくてよかった。どうやらわたしの決心はまだ脆い。気持ちを立て直し切れていないのだと思う。お酒が回った頭で誠と目が合ってしまったらきっと簡単にぶり返してしまう。たった今そう実感した。気持ちが沈む。

会社で誠を見かけたり、業務的な会話をするだけならばもう大丈夫って思えていたのに。言おうと思えば何でも言える状態で会うとなるとだめなのだ。誠に甘えようと思えば甘えられる時に会ってはいけないのだまだ、きっと。

「可奈モテるんだからさ、パパッといい男捕まえて楽しみなよ」

「いやモテないよ」

「だってこの前三谷くんからメール来たよ」

「三谷くん?」

「そ。可奈のこと気になってる的な」


智子の言葉に苦笑いをした。ああ、そういえば。誠と3人で飲んだあの時もなんかそれっぽいこと言われたっけ。

うーん、と考え込む。逆に三谷くんと少し仲を深めてみるのも悪くないのかもしれない。半強制的に誠のことを考えてはいけない状況を作ってしまえば、1人でぐずぐずしているよりかは早く忘れられるのかも。まあ別にその相手が、三谷くんじゃないといけないわけではないのだけれど。

「あ、それとね、三本物産の友達が合コンしたいって言うんだけど可奈いく?」

「三本物産かー」

「そう、イイトコでしょ」

目を向ければ、顔を上げれば、こんなにもたくさんの選択肢がある。こんなにも世界は広いのだ。誠だけに縛られる必要なんてこれっぽっちもなくて、言ったらそれは時間の無駄かもしれない。

「その合コン、行きたい」

打算的になるのも仕方がない。それが大人になるということなのかもしれない。意味のないことはやめて、有意義さを追い求めながら生きていく。色々経験して寄り道回り道しながら生きていくのもいいかもしれないけれど、今の気分とか自分の置かれた状況とか、いろいろなことを考えると。


誠のこと、早く忘れたい。


その気持ちに従って、素直に動くことが良薬な気がする。







to be continued....


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