露のような




水とお湯を混ぜればぬるま湯になるように、いつかどうにかなるって、信じてた。


「もう、やめよう」

か細い声で呟く。
もしかしたら聞こえないかもなんて淡い期待を抱いた。だがファミレスの騒音は思ったより小さかった。

「やめる?」
「うん、やめよ」

届いた言葉を訂正することはできなくて、堰を切ったように些細なすれ違いを取り上げる。そんな自分を、斜め上から観察している気分になる。
どうして、と言いたげな顔を君が作るけれど、本当はわかっているのだろう。うまくいくはずもなかったということ。
よくある別れ話だと知りながら、当事者になってみると刺さるように痛い。

「もうだめだよ。俺はやっぱり、割り切れない。君の一番でなきゃ」
「だから順番なんて決められないんだってば。あなたのことが、好きなんだもの」

頭のいい彼女がこんな屁理屈を言う時点で、どうかしているのだ。そのくらいの位置までは食い込めた自負はある。
彼女の眼鏡の奥の瞳が揺れている。
ああ愛しい、と思う。
平たく言えば二股をかけているとんだビッチだけれど、それでも彼女が愛しいのだ。自分でも馬鹿だと思う。わかってはいる。

「それは、これからも変わらない」
「知ってる。でも、君は俺と結婚する気はないだろう」
「結婚が全てだって言うの?」
「そうは言わない。でも、君が俺以外を見るのは、やっぱり嫌だよ」

黙りこくる彼女をじっと見つめる。
理知的な顔に浮かぶ悲しげな色。長い睫毛、通った鼻筋、少し厚めの唇、華奢な肩。
そのどれもをまだ惜しいと感じる。
でも、彼女は彼を捨てられない。
俺を捨てられないと同時に、彼をも捨てられない。
優しくて残酷な女だ。
彼が俺を知っているのかは知らない。でも根比べであろうとなかろうと、俺にはもう無理なのだ。愛していることも、愛されていることも、知っているけれど。

「もう、やめよう。さよなら」

俺は、領収書を手にして彼女を置き去りにした。
小さく、嫌だと泣く声が聞こえた気がした。



頼むなよ 行く末かけてかはらじと われにもいひし言の葉の露

されどまだ去ぬ 露の想ひ出



企画サイト「相思相愛」様、お題「温度差」へ寄稿させていただきました。





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