温泉のある、落ち着いたお宿に泊まりたいわ。
なんとはなしに呟いた一言に、いいね、はるかが笑って。次の日にはお宿の手配がすべて整っていたものだから、びっくりしたけれども嬉しかった。
二人揃ってオフの日に私達は出掛けた。翌日からは仕事だけれども、だからこそ早朝に発って、一日ゆっくりして、明け方に戻る、そんな愛しい休暇のこと。
はるかはいつも通り、お洋服から靴に至るまで男物。
私は淡い色のワンピースを風に遊ばせながらふわり、はるかの愛車のひとつに乗り込む。
やがて想い描いたそのもののお宿に到着して、私は微笑んだ。私の好みを聞くまでもなく、はるかは此処を探し出してくれたのだもの。
木漏れ日の溢れる部屋には、露天風呂が備え付けられていた。
はるかにはお宿の男物の浴衣が、丁度ぴったり。
私は一応、絽の着物を持ってはきたのだけれども、そのお宿の浴衣があんまり素敵だったし、はるかとペアになるのだからと、女物の浴衣を借りた。
それはどちらも外出して差し支え無いものであったから、私達はそのまま散策に出掛けた。
はるかにはお宿の男物の下駄が、丁度ぴったり。
私はやはり、草履と足袋を持ってきてはいたのだけれども、浴衣によく合う女物の下駄を、素足に履くことにした。
足許はカラコロと、遠くの風鈴がチリリン……と、耳に心地好くって目を閉じる。
ゆきずりのおばあさまが、あらまぁ美男美女でお似合いのカップルねぇ、と本気で関心するのに、はるかは少し照れているようだった。
お宿に戻ると、この季節だけれども、少々肌寒かった。
はるかにはお宿の男物の羽織りが、丁度ぴったり。
私は持参したレースのショールを羽織って、穏やかな時の流れる午後を堪能した。
お夕飯は素朴だけれどもこの土地でとれた野菜をふんだんに使ったもので、部屋に運んで下さるその一品一品は、日頃忙しい私達の身体に優しく吸収されていった。
はるかには用意された男物のお箸が、丁度ぴったり。
私は女物の華奢なお箸で、それらをいただいた。
夕暮れも過ぎて、そろそろ温泉に浸かろうか、とはるかは言った。
私はにっこり微笑んで、先に入っているわねと、部屋から続く露天風呂へ向かった。
脱衣して、バスタオルを胸から巻く。ふたりきりで使える露天風呂だから、タオルのままでの入浴で問題無かった。
後から、なんだか憮然としたはるかがやって来る。
私はつい、声を上げて、笑ってしまった。
「なんだよ、馬鹿にしているだろ」
「いいえ。ここに来てよかったなぁって、改めて思っただけよ」
「君、これを狙って先に……」
「ええ、勿論よ」
はるかは更に苦い顔をして、それでも私の隣に、音を立てずそっと浸かった。
温泉はなかなか暑くって、あんまり長くは浸かっていられそうになかったけれども、それでもはるかの肩に頭を預け、私達はしばし、寄り添ったのだった。
――はるかには、男物のお洋服と靴が、丁度ぴったり。男物の浴衣が、丁度ぴったり。男物の下駄が、丁度ぴったり。男物の羽織りが、丁度ぴったり。男物のお箸が、丁度ぴったり。
だけれど、はるかは、タオルを腰から巻いたりしない。はるかの胸から巻かれたバスタオルが、私には愛しくて堪らなかった。
私と以外は絶対に入浴しないはるかのそれは、私だけの、特権だったから。
もう大分前に書いたものですね。
はるかとみちるの手の大きさに,大差が無いのは知っているけれども,男性として扱われるのに女物のお箸は出さない...よね。
加筆修正しましたが,今同じはなしを書いたらもっと違う雰囲気だと感じました。
20111008
20120814(加筆修正)
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