「海辺に、家を買おうか」
小高い丘からせかいを見詰める後ろ姿、その身体に腕を回して、はるかはそのひとに言った。
「……あら、どうして?」
全く君ときたらポーカー・フェイスが得意なのだから、と内心苦笑する。
それはきっと、否、確かに彼女に必要なものだった。壊れてしまわないように。壊れてしまわないように。――でも、もう。
「もう、いいんだよ、みちる」
すべては終わったのだから。そして僕と君は漸く、自分たち以外の為に注意を払うこと無く、歩み始めることが出来るのだから。
はるかの、あんまりな優しい声音に、みちるの肩が僅かに震えたのを、はるかが気付かぬ筈も無かった。
「……絶望した。仲間をこの手に掛けた。後戻りは出来ないと思った。終わりだと。だけど」
「……だけれどプリンセスは……あのお優しい方は、私たちの手を握って、いっぱい泣いて、いっぱい笑って下さった」
「ああ。そうだよ、みちる。赦されなくていい。傷は傷のままでいい。けど、それでも僕は願う。……君としあわせになりたいんだ」
暫し、間。それからみちるは振り返らないまま、静かに言った。
「……でも、はるか。わざわざ越さなくったって私、あなたが隣に居るのなら……」
「白い家がいいな」
「…………」
「……みちるの、うそつき。本当のこと、言えよ」
はるかの愛しいひとは、そこでとうとう表情を崩した。振り返り、戸惑いに――それ以外の感情も内包しているのなら幸福なのだが――潤んだ瞳で、切なくはるかを見上げる。
「どうして……どうして? 私、そんなこと一度だってあなたに、」
「君ってパソコン、苦手だよな」
「……はぐらかさないで……」
「はぐらかしてなんかいないさ。君、知ってた? パソコンからウェブサイトを閲覧したら、履歴が残る。つまり、履歴を消去しなければ、何日の何時に何処のサイトがパソコンで開かれていたのかが理解るつくりになっている」
「それって……!」
「最初は特別気にも留めていなかったんだ。勿論、君が物件を観るなんて珍しいな、とは思ったぜ。でも君の気紛れで片付けていたんだ。だけど僕の以外の履歴が残っているとき、それが必ず物件のサイトだった。流石に気になって、君が何を観ていたのか、確認したんだ」
「恥ずかしいわ、それ以上、言わないで頂戴……」
「わかった。でも、みちる。君が首を縦にさえ振ってくれるのなら、あの家に越そう。僕は、そうしたい」
あの家。
それは、履歴に不動産を扱うサイトが残っていたとき、必ずアクセスされていた物件だった。
はじめは多くの物件が履歴に残っていたのに、日に日に閲覧ページが減っていき、最近ではその物件以外のアクセスが無くなっている。……いくらふたりの仲とは言え、そこまでチェックするのは無遠慮だとも思ったけれど、観て行けば行くほどにみちるの心情がありありと伝わり、それははるかの心に愛しさを落とした。
岬に立つ一軒家。屋根も外壁もまっさらで、開放的で、そして何処か懐かしさを感じるような、そんな。
それを画面越しに、見詰めるみちる。思いを馳せて、同じページだけを飽きもせずに延々と。
はるかの想像でしかないみちるの姿はしかし、真実とそう離れてはいないと確信していた。
……と、みちるがはるかの胸に、飛び込んできた。ぎゅうと抱き着くその身体は、震えている。はるかはそんな彼女を緩く抱いて、海色の髪をやわらかく撫でた。
「……憧れていたのよ、ずっと。ずっと、ずっと……。岬に立つ家で、それは白くって、波の音がいつだって優しく包んているの。そこにはあなたが居て、私が居て、微笑み合いながら、ゆっくりと日々をいとおしむのよ……」
「たまには海辺を散歩して、君はきっと、白いワンピースを風に遊ばせている。日の出をじっと見詰めて、日の入りをじっくり見詰めて、月の夜にはかつての故郷に思いを馳せながら、ラム酒入りのホットミルクをお供に夜更かししたりなんかして」
「ええ、ええ……」
みちるは、こくこくと何度も首肯した。はるかはその顔を優しい仕草で上げさせて、涙しているあどけない表情をたっぷりと見詰めてから、ただひとりのひとにくちづけを贈った。
白い海辺の家は,みちるのポエムより。
スターズ当時にパソコンが普及していたのだかよく覚えていないし,はるみちが所持しているにせよ物件サイトが充実している可能性は低いように思うのですが,多目に見てやって下さい。
書いている途中で気付いたのですが,みちるさんがパソコンに弱いのは某サイト様の影響です...でも,うん,きっと弱いと思います。
はるみちに幸あれ!
20111107
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