まさか拒否されるだなんて夢にも思わなかった。
それどころか肯定以外を考えていなかったものだから、はるかは酷く驚いて、すっかり固まってしまった。それから自身と、それ以上にみちるへの苛立ちで胸の辺りがふつふつと燃えるような心地がした。
そのみちるは先程のはるかの発言から俯いてしまっていて、それが尚更はるかを苛々させる。
「みちる……、」
どうして? だとか何故、と聴くのは傲りだろうか。しかしはるかの頭の中ではそのふたつの単語ばかりがぐるぐるしている。
酷いじゃないか――否、これでは感情的過ぎるし第一格好悪い。
君は嬉しいかと――否、それ以上に、いつも取り澄ました彼女の違った表情を見られることが楽しみだった。
意味がわからない――ああ、そう、これだ。僕は全くもって、
「意味がわからない」
はるかのこの言葉と、恐らくは感情を何も含んでいない声音に対してもだろう、みちるはびくりと肩を跳ね上げさせた。ああしまった、怯えさせてしまったのか。だけれども、この行動は他でもないみちるのせいなのだから、自分になんら非は無いと、はるかはやはり機嫌を降下させる。
――「キスをしようか」とはるかは言い。「駄目よ」、みちるは答えた。
確かにはるかとみちるは恋人などでは無い。運命に決定づけられた仲間であり、同志や相棒だともはるかは思っていたし、信頼していた。それより何より、みちるはどう考えたってはるかを好きだった。言い換えるならば愛していた。そうじゃない可能性だなんて微塵も考えていなかったし、そうじゃない、筈が無い。
今日だって、この大人びた、いつも控えめな微笑をたたえて清ましている少女が、ひとたびはるかと話せばふと瞳を潤ませ、唇を震えさせるものだから、はるかは『みちるは僕とキスをしたいのだな』と思ったのだし、そう考えるのは至極自然なことだった。
「……ごめんなさい」
目の前の少女が、肩を震わせながらそんなことを言う。
「謝られたら、余計僕が、惨めなんだけど」
多少鋭く、はるかは告げた。が、みちるは彼女らしくない程に頭を左右に振って否定を示し、それからようやっと顔を上げた。――今にも泣き出してしまいそうな、必死な表情に、はるかは息を飲む。
「ごめんなさい、はるか。ごめんなさい……私、あなたがどうしようもなくすきだわ。すきなの。その、私の気持ちが胸に留まってくれずに、溢れ出しているのだわ。甘い、甘い、蜜みたいに……。その蜜は私の瞳を潤ませて、私の唇を震えさせて、そして甘ったるいにおいがあなたの鼻腔に届いてしまったから……だから、きっと、あなたを気まずくさせて、どうしていいかわからなくさせて、困り果てさせてしまったのよ。……ごめんなさい……」
やっと得心が行ったはるかは正直なところ驚くほどに安心したし、単純に、こんな顔でこんな事を言うみちるを、可愛い、あいらしい、そうおもった。だから先程の言葉も、そしてこの言葉だってするりと出てしまったのだ。
「驚かさないでくれよ、みちる。僕は、まさかもしかして君にとりそんな存在じゃなかったのかと、疑心してしまったじゃないか。そんな理由で謝らないでくれ。……でも、そんな君を可愛いと思ったからこそ、僕は、君に自然と告げていたんだ。キスをしようか、って」
言外に今も正にそう思っているとはるかは含ませたが、みちるは切なくわらって、やはり首を左右に振るのだった。
「お断り致しますわ」
「…………どうして、」
「だってあなたは、こんなふうに、この胸が張り裂けそうなおもいで私を好きでなんていない。好き、だなんて言わせないわ。勿論、あなたとのくちづけを夢見ない日は無いほどに、私、望んでいる。だけれどはじめてのそれが、友愛のキスじゃ、嫌。……お願いよはるか、どうか、私のワガママに付き合って頂戴」
みちるの真剣さを侮ったのだと、はるかは今になって自身の軽率さを恥じた。
「いつか」
そして、だからこそありったけの誠実さでもって、彼女に告げた。
「いつか僕の気持ちが君に追いついたら……みちる、そのときには、」
「そんな日、絶対に来ないわ」
みちるはただ微笑んで、はるかを否定した。はるかは絶望的なおもいを抱いた。
同じおもいをまた、みちるも抱いていた。
月華遊星2で出しました『淡色のオルゴール小品集』からの再録です。とんでもなく遅くなりました...
実は気に入っているはなしで,また,今は書けないだろうなという内容。
20120304
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