「あの! 海王さん……!」
みちるの名字を呼ばれ、寄り添うように歩いていたはるかとみちるは、視線を交えた。
――やれやれ、やっと姿を現したな。
――ええ。
――どうやら、君のフリークだったらしい。
――そのようね。
微弱な妖気すら感じなかったから、ふたりは後を付けてくる者に即座に気が付いても、取り敢えずは放っておいたのだが。
視線だけで会話していると、現れた男――なかなかの美形で背も高い。無限学園の制服を着ている――は、みちるに軽く微笑み「一寸いいかな」、と尋ねてきた。
「みちるに何か用?」
それに、はるかが答える。みちるの腰を軽く抱き寄せながら。
男ははるかのそれらに、苛立ちを隠そうともしなかった。
「ボクは海王さんに用事があるんだ、何故お前が答えるんだ。……さぁ海王さんから離れろよ、この男女!」
ギッとはるかを睨み付ける男に対し、みちるは内心溜め息を吐いた。こういう、自分に自信のありそうな手合いはなかなかに厄介なのだ。
「お前は女のクセに、我が物顔で海王さんの隣を陣取りやがって! 海王さんだって本当は、いい迷惑に決まっている」
はるかは心の内では胸がざわつくのを止められそうに無かったが、しかし眉を僅かに動かしただけで、表情には出さない。但しみちるにははるかの心の動きが、手に取るように理解ってしまった。
「海王さん……君に、伝えたい事があるんだ」
男は改めてみちるに向き直ると、女をとろけさせるような笑顔で(これは計算づくでやっているのだなという不自然な笑顔だったが)、みちるに微笑むのだった。
「ええ、どうぞ。仰って?」
「いや、此処でじゃなくってね、」
「はるかが居ると困るご用事かしら?」
「その通り」
「なら、尚更こちらでお伺い致しますわ」
みちるもまた、不自然なくらいに微笑んでみせる。男は負けじと、本題を告げた。
「…………君が好きだ。ずっと見ていたんだ。付き合って欲しい」
「まぁ。……その制服、私と同じ学園ですわよね。何処かでお顔をお見掛けしたような気が……」
「ああ。吉祥寺 玲、って言ったら分かる? 君のひとつ先輩の。一応、ゴルフ部ではエース扱いかな」
「運動がお得意ですのね?」
「そりゃあね。……で、付き合ってくれるね?」
「まぁ」
みちるは手を口許に寄せて、目をぱちくりさせてみせる。
「吉祥寺さん……で、宜しいかしら。お気持ちは、光栄ですわ。ありがとう」
みちるが笑顔を崩さずに言うと、男の瞳が煌めく。
「じゃあ……!」
「ね、吉祥寺さん。折角ですもの、私の好きなタイプを聞いて下さるかしら」
「……、え?」
愛の告白が受け入れられたのだと思った男は、みちるの言葉の意図がわからず首を捻る。しかしそんな様子にはお構い無しで、みちるは歌うように続けた。
「髪は蜂蜜みたいなブロンドで、瞳は深い青。誕生月は1月で、星座なら水瓶座。血液型は、そうね、B型がいいわ。サラダが好きで納豆が嫌いで、身長差は、10cmくらい。学年は同じじゃなきゃ嫌。それから、私を海岸のドライブに連れ出してくれるひと。……大雑把に言うと、こんな感じですの」
みちるが一言告げるたびに男の眉間の皺が深くなってゆくのを、みちるは快く見詰めていた。
「そしてね、」
みちるは笑みを深める。
「そして、苦手なタイプ……いいえ、大嫌いなタイプは、女性に対して、お前、だなんて野蛮に仰る方。“女のクセに”だなんて理屈の通らないことで、相手を卑下する方よ。特に私の大切なひとを傷付けるような方は、一等嫌い」
男は、面白いくらいに顔色を変えて、拳を突き上げてきた。
「お前、黙って聞いていれば……ッ!」
目が血走っている。結局この男のみちるへの愛など取るに足らないもので、プライドを傷付けられれば逆上する、好きだと告げた矢先に気に入らなければ女性に暴力を振るうような、最低にして最悪の男でしかなかった。
しかし尚もみちるは、微笑みを崩さない。降り下ろされた拳は……はるかのてのひらが受け止めた。
「みちるに触れるな、ゲス」
低い声で言い放ち、そして一発お見舞い――してやりたかったが、相手をするだけ馬鹿馬鹿しいと考え直し、しかし危険を考えて、力の入らなくなるツボに手刀を入れておく。
「……行こうか、みちる」
「ええ、はるか」
みちるはそのひとの腕にぎゅうと抱き着きながら、答えた。
「て、テメェら……!」
だと言うのに、後方からうんざりするような声が届く。余りの怒りと屈辱に、“お前”とすら言えなくなったらしい。
「気持ち悪ィんだよ! レズが!」
「あら、」
無視をしてもよかったのだが、敢えてみちるは振り返ってみせた。
「貴方、見苦しくってよ。それに、こんなに素敵な女の子にときめかないほうが、女の子としてどうかしているわ。では、ごきげんよう」
**
「みちる、いいのか?」
「あら、何が?」
「明日には、学園中の噂になってるぜ? 海王みちるはあんな外見と物腰に反して、悪女だ、とか」
「まぁ」
「僕と付き合っている。レズビアンだ。……とか」
「まぁ、ふふっ。あなたは困ってしまう?」
「そんなわけ無いだろ」
「なら構わないわ。私にはあなただけですもの」
みちるの、今は不自然さなど欠片も無いはるかだけに見せる特別な笑顔に、なんだかはるかは堪らなくなって歩みを止めた。
「?……、はるか?」
「みちる。ありがとう」
「……」
「僕は、特別男になりたいわけじゃない。けど、ああ言われると、情けないほどに傷付くんだ。傷付くと言えば語弊があるかもしれない。だが他に適切な言葉が見当たらない。……僕の事だけならちっとも気にならないんだけどな。男女とか、女のクセに、とか。馬鹿らしいにも程があるから無視するか、殴りかかってくるようならば返り討ちにして、おしまい。なのに、君との事を言われると、心臓にざっくりメスを入れられたような心地がするんだ」
みちるははるかの切ない微苦笑を見詰めながら、その胸元に手を伸ばした。
「なっ、みちる……!」
「ねぇ、はるかの心臓、この辺りかしら。もう傷は痛くない……?」
みちるははるかの胸元を、ゆるゆると撫でた。それはとても、心配しているときの声だった。それを受けて、はるかは静かに笑う。
「……痛くないさ。とっくに塞がった。君の魔法で」
「魔法なんかじゃないわ」
みちるが凛と、けれど何処か悲しげに言った。
「はるかを目の前で侮辱されて、それで傷付くはるかの心を知りながら、黙ってなんていられる筈も無いでしょう。それにあの人、私を隣に置いて、お人形みたいに飾って歩きたかっただけよ。そんなの愛じゃないわ。少なくとも、私はそう思う。……ねぇ、はるか、」
みちるは手を止めて、しかしそこに置いたままで、少しばかり俯いて語る。
「私、本当は、髪が真っ黒だって、瞳が青くなくたって、誕生月や星座や血液型が何だって、納豆が好きでサラダが嫌いだって、身長差なんて無くたって、同い年で無くたって、ちっとも構わないの。……あなたが、あなたなら」
「ん……知ってる」
「私を信じて。あなたを大切におもう私を。あんな言葉になんて、傷付かないで。私を信じて」
「……ごめん、みちる……。君が信じられないわけじゃないんだ。ただ、僕が……」
はるかが謝り言葉を紡ごうとするのに、しかしみちるは左右に首を振った。
「いいえ。あなたを謝らせたかったわけじゃないわ。その繊細さも含めて、あなたを大切に大切におもっているのだもの。……ああ、だけれど、海岸のドライブが出来ないのだけは、一寸残念かな。だってずっと、憧れていたのよ……」
そう聞いて、はるかは気丈で気高いお嬢様のほんのたまに覗く可愛らしさに、フッと笑ってしまった。先程からぐんぐん、心が軽やかになってゆく。
「心配には及ばないさ。……僕は天王はるか。ドライブが趣味で、君が大切な、それだけは変わらない人間さ」
はるかがようやっといつもの笑顔で笑うと、みちるのほうも、今までのもやもやした気持ちが綺麗さっぱり吹き飛んで、胸が優しさで満ちるのを感じた。
それからふたり、顔を合わせて微笑み合ってから、寄り添ったままで帰路についた。
長く浮かぶ影がすっかりひとつの生き物のように見えたことを、ふたりは知らなかったけれど。
はるかを侮辱した男をみちるがこてんぱんにやっつける話が書きたかっただけなのですが... 『**』以下は蛇足な気もして悩みましたし,気に入っている前半部分とは反対に書きたいはるみちが書けているのか不安なのですが,取り敢えず上げさせて戴きます。(※9/14 修正しました)
はるかとみちるのセクシュアルについては未だ悩んでいるところなので,またうんうん考えようと思います。
ふたりが付き合っているのかはご想像にお任せ致します。
20110910/20110913(加筆修正)
※吉祥寺 玲は元ネタあり。妹に提供して貰いました。かなりいいと思います。妹よありがとう。
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