アーサーの作る料理はお世辞にも美味しいとはいえないものばかりだ。たとえば、逆にどうすればそんなものができあがるのかと考えさせられるくらいに焦げて炭のようになってしまったスコーン。それは黒焦げなのに中身は生焼けという恐ろしい潜在能力も秘めている。
茹ですぎる焼きすぎる冷やしすぎるは、彼が料理をするにあたって必ず犯されてしまう食材への冒涜だ。中でも食と美を愛するフランスあたりからすればアーサーの作る料理は神への冒涜、即ち罪に値するらしい。あいつの手に食材が渡るくらいならいっそ腐ってしまった方がマジだ。人々は揃ってアーサー・カークランドの料理の腕をそう皮肉った。
そしてかく言う自分も、彼の料理の腕を笑う一人だ。僕はアーサーの弟という立場にある、イギリスという大国の保護国という立場にある国である。普段は以前爵位を購入した北欧にある国のもとで生活をしているが、月に何回かイギリスへ訪れるのが習慣になっていた。そうしないとアーサーが煩いのだ。なんせ彼は構いたがりの性分の持ち主。その少し面倒で鬱陶しくて、でもどこかむずかゆい愛情は"押し付けられている"とは無下に思えなくて。だから僕は少し"おとな"になって彼の重くるしい愛を受け止めてやっているのだ。


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数着ばかりの洋服とお気に入りのゲームカセットを鞄に入れたところでリビングから漂う甘い香りに気が付いて、手にしていたゲーム機なんて放り捨てて部屋を飛び出した。廊下ですれ違ったパパの「飯は逃げねえべ」という言葉にわかってると笑みを返してから階段を駆け降りる。段々と近付く香りに頬が緩む。今日の夕食はなんだろう。なんとなくだけど、今夜はカルヤランパイスティが食べたい気分。
「ごはんですか!」勢い良く扉を開けたと同時にソファの横で寝そべっていた花たまごがキャワンと鳴いた。ひとなでしてからママの元へ小走りに歩み寄る。



「ごはんは逃げないよ?」



洗い物を終えて布巾で手を拭くママが言う。それ、さっきパパにも言われたですよ。と返せばぶふっと吹き出された。
カウンターに置いてあったスプーンと小皿を運べばのろのろと歩いてきたパパに頭を撫でられる。無言だけど、その意味には気が付いてるつもり。向こうではアーサーはこういった小さな手伝いもさせてくれない――いや、させてもらえる隙を与えてくれないから。お前は座ってジュースでも飲んでろと言われるのが関の山。だから、こういう簡単にできる些細なお手伝いは僕にとってのアーサーに対するちょっとした不満感を埋めてくれるいい機会だった。
前にいるパパに着いていくようにいつもの席に着いて、びっくり。僕の期待どおりのカルヤランパイスティが現れて「ママは超能力者ですね」と思わず驚きがこぼれてしまった。それにパパもママも頭の上にクエッションマークが浮いていたけど、気にしない。


「…サラダの上の、何だべ?」


ふいに尋ねられたパパの疑問。カルヤランパイスティから視線を外してママを見れば、なぜかちょっとだけ嬉しそうに笑ってそれに答えた。


「林檎ですよ。サラダに入れるとさっぱりして美味しいんです」
「ん…」


シーザードレッシングと相性が良いのだと続けたママに軽く相槌を打って、サラダを見やる。薄切りにされた林檎が複数斜めに並んでレタスの上にちょこんと鎮座している。
その日のカルヤランパイスティはとても美味しくて、三杯もおかわりしてしまった。ママは苦笑いしていたけどパパはなんだか嬉しそうな表情をしていた。林檎のサラダには手をつけなかった。



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「この料理で大量虐殺も実現可能ですね」
「…ぶん殴るぞクソガキ」


まるで昨晩の食欲が嘘のように感じられる。目の前に出されたアーサー直々に作られた食事はお世辞にも「食欲がわく」印象を持たせてくれない。特に、色とか臭いとか、まだわからないけどきっとフォークで刺した感触も、そして味も。
確かにあの最高の夕食からまだ24時間も経っていないし、そして今は1日で一番お腹の空くおやつの時間帯だけれど。だけれども!アーサーの差し出した料理を見て僕の胃はそれを求めようとはしない。むしろ妙な焦げたような臭いのせいで収縮してしまったような気もする。それだけ、アーサーの作った料理の見た目のインパクトは今日も最悪だった。


「というより、なんなんですかコレ?」


先程から気になっていたこと――机の上に置かれた黒煙をプスプスとあげるおかしな物体指差せば、案の定アーサーは眉間に皺をよせながら白目をむいた。面白いけど気持ち悪い表情だ。


「見ればわかんだろ、アップルパイだよ!」
「見てもわからないから聞いてるですよ!ありえねえですよさすがに!軍隊要請するレベルですよコレは!!」
「ったくうるせえなあ…そんなに嫌なら食わなきゃいいだろ!」


散々喚き合った後のふいに陰るアーサーの表情。これは毎回恒例のお約束なやり取りだ。もっとも、アーサーは自分が今にも泣きそうな顔をしているなんて気付いてはいないだろうけど。あと、僕はこのアーサーの表情があまり好きじゃないってことも。


「…そうは言ってねえですよ。食べます」
「…そうかよ」


じとり、と効果音でもつきそうなアーサーの視線を振り払って彼の自称アップルパイにフォークを刺す。その距離でも伝わる異臭めいた香りに眉をしかめながらも口に放り込めた自分は栄誉賞受賞レベルに素晴らしい。
味は、もちろんクソ不味かった。外はところどころ焦げて固いくせに生地はデロデロで、まるで生の生地を食べている感覚。甘味というよりは酸味というかどこから沸いて出たのかはしらないけど渋味の方が強い。最後にようやく辿り着いた林檎の味だけは、しっかりしたけれど。


「…美味しいですよ」


無表情で、呟く。とても美味しいものを食べたあとの感想には相応しくなんてないけれど、今口内に広がっているこの最悪のハーモニーを考えれば誉め言葉を伝えてやっただけかなり優しい方だ。
暫く沈黙が続いたからどうしたのかとアーサーを見れば、まるで僕の今の表情を鏡で映したみたいな無表情だった。サーカスの大技に失敗したピエロみたいな、ちょっと滑稽なその表情は静かに緩められる。


「…ありがとう」


それに相槌だけ打ってもう一口、ぱくり。食べ続けていけば次第に舌が痺れて食べれるようになるだろう、と若干酷い思考を働かせながら黙々と咀嚼を続ける。






(…馬鹿みたいに不味い)


アーサーの料理なんか大嫌いだ。でも、僕は案外アーサー自身のことは嫌いじゃない。
だから本当は僕は林檎も、お前の料理も大っ嫌いだってこと、彼に絶対に言わないようにしているんだ。



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