怠惰な日常に埋もれているという自覚はあった。過ぎ行くだけでなんの利益も生産性もない、無駄の集合体のようなそんな日々。それは麗らかな陽の光を浴びる微睡みの午後にも全身をぬるま湯に浸した時の快楽にも酷似していた。あるいは、どっぷり麻薬漬けになってキめちゃった状態の身体にも。





窓越しに見えた世界では雨が降っている。時折耳を掠める水が地面に降りる着地音は、この俺たちの作り上げたなんとも言えないぼやけた雰囲気に刺さる小さな棘のような役目を果たしていて、それが有難いような、でも少し煩わしいような、つまりはなんとも言えない空気に包まれていたわけだが。
――センチメンタル、とでも表すべきか。一向にやむ気配を見せない真っ白な空を見上げれば心はどこか情緒的な念に取り憑かれたような思いすら馳せられる。元より美には敏感な性質であった故に感じ取れるその言葉には表しづらい感覚でも、きっと目の前で読書を一心に続ける男なら分かり合えるのだろう。なんせ彼は俺なんかよりも遥かに情緒深い奴だろうから。
きく、と名前を呼べば彼は小難しそうな文庫本から視線を外し、阿片にでも犯されたかのような酷く虚ろな瞳を此方へと向けた。――あまつさえその瞳を美しいと思った俺は、やはりおかしいのか。

視線を交わして数秒、彼が何も言葉を発さずに微笑めばそれが合図だ。だから今回もするりと伸ばした腕が菊へと直進し、その掌が彼の頬へ添えられたのも――それからその手が段々と下へと伝っていくのも――別におかしなことではなく自然の利にかなった正しい行為。少なくとも男としては。


「君と過ごす時間は天国より美しいよ」


擽るような囁きに一瞬たじろいた菊を見て俺の笑みは一層濃く刻まれる。その恥じらう姿は扇情的でもあって、俺の中に潜む数多の黒い影に飲み込まれるような錯覚を覚えるのだ。細やかなリップ音と比例して、彼の熱っぽい瞳に更に柔らかな熱が与えられる。交差した緩慢な視線、そして彼の口元は緩やかに弧を描いた。




まだ地獄の方が美しいでしょうに



細められた彼の瞳に過ったのは、ほんの少しサディスティックで自虐的な性質の悪い影。彼は求めているのだ、己の渇きを潤してくれる怠惰な愛を。救済など訪れない、不条理な愛を。
それならばと、俺は口づけを落とすようにその期待に渾身的に沿ってやろうではないかと思い至るわけだ。



不条理な愛の行方
(まあ、所謂これが俺たちの「愛している」「私もです」)