Your heart is my thing
黒いオオカミなシズちゃんと
金色掛かった白いキツネさん臨也さん。
子ぎつねこんこん、山のなか
ってさ
いつ時代の話なんだろうね。
暖房のない山の中なんて、か弱いキツネが住めるはずないじゃない。ねぇ?
「……お前って本っ当に可愛げのねぇ奴だよな。」
「こんな可愛いキツネさん捕まえて何言うの。今だって可愛いですねって四木さんにリボンつけてもらったとこだし」
「貢ぎもんかよ」
「……拾ったとでも思ってたの?失礼なシズちゃんだな。」
毛並みのいい小さなキツネが、コンクリートの塀の上から青空のような爽やかな声を落としてくる。
むっと険しい顔を作って尻尾を立てる、その根元に巻かれた赤いリボンを可愛いと思ったことを後悔した。
よく似合ってる。自分には送れない人間の作る装飾品。
こんなとき、リボンを解くこともできない鋭い爪が怨めしくなる。もし自分が人間だったら、誰かに贈られたそのリボンを解いて毎日だって新しいリボンを結んでやるのに。
暖房なんてない森の中に居たことが臨也にとって遠い昔の話になるほど環境が変わった今でさえなにひとつ伝えることが出来ずにいるのだから、人間になったからと言って素直にそれをしたいと言えるとは思わないけれど。
森の中にいた頃、自分たちはいつも生死を掛けた殺し合いをしていた。
それは純粋な生存競争と、不純物混じりの因縁が作った日常で、多種多様な動物がいくらでもいる森の中で、俺は臨也の、臨也は俺の、たったひとつの心臓を狙い合っていた。
森が開拓されて、周りがコンクリートで覆われていって、自分たちが人間に養護されるようになって
自分も周りもたくさんのものが変わっていったけれど、自分にとって一番変わったのは、変わってしまったのは間違いなく臨也と自分の関係性だった。
生存競争の必要がなくなった自分は、因縁に混ざった不純物の存在を認めざるを得なくなって、でも気付いたときには臨也は移りゆく文明に人間に目を奪われて、自分の心臓になんてなんの興味もなくなっていた。
「首輪、みてぇ」
呟いた言葉に、空気が変わる。
柔らかい尻尾はコンクリートに、臨也の視線がやや下方に落ちた。
「本物の首輪をつけてる君に言われたくないよ。」
自分につけられた、真っ赤な革の上等な首輪。
そこから繋がれた鎖を辿って、臨也が自分と同じ高さに落ちる。
体格の差で見下ろすキツネを、
ずいぶん、久しぶりに見た気がした。
「シズちゃんは、ご主人と会って変わったね。立派な首輪をつけられて、毛並みもすっかりよくなって」
「俺のこと、殺そうともしない」
「っ、」
リボンで飾られた尻尾で首輪を撫でる臨也を、咄嗟に前脚で捕らえようとして失敗する。
軽く後ろに跳んでくすくす笑う臨也はどうせ、この鎖の長さくらい把握してやがる。
「ねえシズちゃん、俺が、あったかい場所が大好きな俺がさ、誰にも飼われずに、毎日違う人間の家に泊まってるかわかる?」
「……人間が好きだからひとりでも多くの人間を観察したいんだろ?言ってたじゃねぇか自分で。」
「……言った。言ったよ。そんなことばっかり覚えてるんだなバカのくせに。」
「…………」
ふいと視線が空まで上向いて、追うと白い雲がまぶしかった。
思わず眉を寄せた俺に目を細めて、臨也が一歩分歩み寄る。
届くか、届かないか。
「……じゃあさ、俺が毎日毎日首輪で繋がれてる君のとこに来てる理由は?分かってる?」
暇つぶし、意外にねぇだろ。
答えはしないで鎖を鳴らす。
ギリギリ、届かない。
鼻先で薄っぺらい笑顔を浮かべる臨也に、あと、数センチが。
力を込めても縮まらない距離に舌を打つと、臨也が小さく息をついて、一歩、離れた。
「もう、来ないよ。」
あ
金色の瞳が、陰って、濁る。
映らない。
そう、確信した。
待って、だめだ。
そんなのだめだ、許さない。
脚に、首に力を込める。
臨也はまた、遠くなる。
「四木さんか、波江さんか、紀田くんか、ドタチンか、わからないけど、誰かのうちの子になって、もう君には会いに来ない。」
一度の跳躍で塀に登った臨也が、自分を見下ろす。
だめだ、許さない。
その目が、自分を映さないなんて
他の誰かのものになるなんて、そんなの、そんなこと
震える。
変わってしまった。たくさんのものが。
だけどこれは、これだけは
見上げた臨也の顔は、眩しくて見えなかった。
「鎖に繋がれたくらいで俺を諦める君なんて、もういらないもの。」
くるりと身を翻して、臨也が一度尻尾を揺らして、それから、
ちいさな背中が視界から消える寸前、首輪が、鎖が、音を立てて千切れた。
紅葉の簪、柘植の櫛
煌びやかな宝石や、可憐な装飾品だって似合うと知ってる。
でも、だけど
「あはっなにこれ、花びらボロボロじゃん。よくこんなの贈ろうと思えたね!」
「……嫌ならつけんな。捨てろ。」
「ふ、ふふっやだよ。シズちゃんはこんなものしかくれないひどいオオカミだってこの山のみんなに流布して回るんだから!」
きらきら
ボロボロになった赤い花を耳元に差して笑う臨也は、どんな装飾品で飾られたときよりずっとずっとダントツに一番可愛い。
子ぎつねこんこん、山のなか
暖房なんかなくたってさ
走れば熱いしくっつけばぬくいんだろ?
ねぇそろそろ分かってよ。
か弱いキツネもこわいこわいオオカミとなら
どこでだって生きていけるんだよ。
口だけで悪態をつきながら花を愛でる臨也があの日の嬉しそうな笑顔と重なって、心臓が仄かに熱を持つ。
(俺はお前と会えるなら、鎖で繋がれるのも悪くないと思ったんだよ。)
結局どこにいたって俺達は
end
2013/12/12
お互いがいればそれでいい
ってやつですね!
たいらさんに捧げます。
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