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 ハンマーソングと痛みの塔

正臣くん視点のシズイザです。







また妙なことを始めたと、最初はそう思ってた。

「紀田くん、もう、来ないでね」

なんだそれ、とは思わない。
わりとよくあることで、そんなこと言っておいて次の日にはおなかが空いたと呼び出したりする。
被害者は自分だけじゃない。
波江さんなんて毎日のことだから俺よりも煩わしいことが多いだろうと思う。
露骨に嫌な顔をして溜め息をついて、それでも仕事だからと振り回される波江さんを、ずるいと感じてる自分がいることを知ってる。
俺だけならいいのに、なんて無理だって分かってるけど。

今日は連絡がない日だった。
大人しく新宿を散歩でもしてようと思う。
もしかしたら呼んでくれるかもしれない、なんて下心もちょっとだけ。

そんな気まぐれが、最初のひとつめ。

「つまらない」

呟いた、と言うには明瞭な声で臨也さんが眉を寄せる。
なにを、と振り向いたタイミングは同じだった。

「なんであんな奴が、笑って生きてるのかなぁ」

苛立ったように人差し指で机を鳴らして、見てるのは掲示板らしい。
苛立つならみなきゃいいのに。

紅茶を渡す振りをして覗き込んだ掲示板の見出しは、匿名性の欠片もない名前と画像で思わず自分まで眉間に皺が寄った。

『平和島静雄が、折原臨也に反応しなかった!』

だからなんだ。平和ならいいだろうが。
馬鹿じゃないかと思う。
そんなしょうもないことでどうでもいいことでこの人の機嫌を損ねないでくれないか。
被害を被るのは自分なんだ。

目に見えて苛立つ臨也さんは、らしくなくてでも愛しかった。波江さんが、隣りでどう思ってたかは分からない。

他の人間には見せない余裕のなさを、まるで自分だけのものと錯覚した。

だから、毎日のように平和島静雄に厄介事をふっかける臨也さんをただ黙ってみてた。

臨也さんが窓の外を気にしてることは、みえないことにして。

いつもと違う臨也さんが、天敵である平和島静雄に分かりやすい嫌がらせを仕掛け始めたのがふたつめ。

臨也さんの笑顔が、少なくなっていくのをただただみてた。

「……ごめん波江さん、ごちそうさま。」
「……食が細いなら先に言って。残されるのは不愉快だわ」
「うん、ごめん。」

少しずつ、だけど確実に。
しばらく、といえるだけの時間が経ったときには臨也さんの食事は前の半分でも余るようになってきた。

痩せて、痩けて
でも綺麗だなぁなんて

臨也さんパソコンを触ることが少なくなって、代わりにソファーに座る時間が多くなった。

隣りに座っても何も言わない。
傍にいれることが嬉しかった。

臨也さんから表情が消えて、
声が聞こえなくなった。

それでも、俺は



「ねぇきだくん」

あのね





「っ、しず、さ…っ」

ぱちり

サングラスの内側で幼いまばたきひとつ。どうした、と寄った眉は卑怯なくらいに優しく見えた。

「たす、けて」



「臨也さんを、助けて……っ」

ぱちり

ふたつめのまばたきのあと、開かれた瞳がきらりと輝く。

ああ、やっぱりだ、やっぱり


「……迷惑、かけたな」







「ごめんね紀田くん、迷惑かけちゃって。」
「…………」

へらりと笑って片肘をつく。
つり上がった口角と澄んだ紅茶色の瞳。

自分のよく知る、みんなのよく知る臨也さんが飄々と言葉を紡いでいく。

「……ええ本当に。もちろんボーナスくらい出ますよね。」
「紀田くんも波江さんに似てきたねぇ。いいよ、弾んであげる。」
「期待しときます」

青空が話し掛けてくるような爽やかな声は、虹でも掛かったように晴れやかに聴こえる。
ああ、やだなぁ…
あのとき、自分が助けを求めたとき。
きっとあの人は確信してた。臨也さんを、助けることができるって。

渇いた笑みで涙を誤魔化す。
ああ、もう。
自分は、涙を流してあげることすら出来なかったのに。

無意識に見つめた赤い目元が、視線に気付いてゆるく細められる。

「きだくん、あのね」



「……ありがと」


ふわり、と。
落ちるように零れた言葉と、


「……っ、臨也、さん」
「ん?」

「    」


言いたかったこと、
言いそうになって気付く。

最後に『俺も』とつけなきゃいけないこと



(きだくん、あのね)


痩せて、痩けて
涙まで涸れてしまった大好きな人
綺麗だなんて、嘘だった。


アンタに、選んで欲しかったんです。
だから、傍にいたんです。



(なんで俺じゃ、だめなのかなぁ)


ばかだな、俺は。

伝えてないからなにも伝わってなくて、なのに独占欲だけは大事に守って

『アンタじゃなきゃ、だめなんです』

臨也さんがその言葉を聞きたい相手が誰かも
その相手がずっと臨也さんを待ってたことも知って
ぜんぶ知って、でも言わなかった。

零れた言葉は、笑顔はあの人のものだ。

「どうしたの、顔怖いよ?」
「……次、食べなくなったら平和島静雄んとこ放り込みますからね。」
「はは、死んじゃうよ」
「いいんですよ、死んでくれば。」

ツイと顔を背けると臨也さんが笑う声がした。

容赦ないなぁと

嬉しそうに、愉しそうに。


「これだから俺は君達が大好きだよ」

「「…………」」

まばたきをした、タイミングは同じだった。
紅茶を持ってきた波江さんと目が合って、少し笑う。

本当に、勝手なんだから。

アンタも、俺も。

「ありがとう、私は貴方が嫌いよ。」
「気が合いますね。俺もです」
「ありがと。ねぇね、今日は久しぶりにお鍋にしない?ちゃんと野菜も食べるからさ」
「そのつもりよ。図らずも貴方の希望に沿ってしまったことはとても業腹だけれど」
「っていうか、わざわざ宣言しなくても野菜はちゃんと食べて下さい。」
「冷たいなぁ……まぁ、それも好きなんだけどね」
「「…………」」

また目があって、今度は同時に溜め息が零れる。

(俺もですよ、臨也さん)


アンタが笑ってくれなきゃ、
笑えないくらいには大好きなんです。



いつか気付いて、
くれなくてもまぁいいや。



end

2013/09/03

ばんぷのでした。

わしゃもじさんに捧げます。



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