短編 | ナノ


「…ーー症ですね」

お医者さんの無機質な声が頭から離れない。
平助くんは交通事故にあっちゃって頭を打ってしまったんだって。それで一時的な病気にかかっちゃったらしい。
正直、実感がわかない。だって昨日まで普通に話してたし、普通に遊んでたし。

そんなことを思ってたら病室の前に着いた。
病室のドアがガラッと開くと中から平助くんのお母さんが泣きながら出てきた。

「どうしたんですか?大丈夫ですか?」

生まれてからだから、16年くらい一緒だけど平助くんのお母さんがこんなに泣いてるのを私は見たことがない。

「へ…へいすけ…、平助が私のこと、わ、忘れてたのよ…」

あのお医者さんが言ってたことは本当なんだ。
平助くんは頭を打って健忘症、つまり記憶喪失になってしまったらしい。テレビとかだけだと思ったら現実でもあったのね。

お母さんに何て言ったらいいかわからない私は
「私…、中入りますね」
なんて訳のわからないことしか言えなかった。


「へいすけくん…?」

病院のベッドに座ってる平助くんはいつものあの元気な感じがなくなって、焦点の定まらない目をしていた。

私が平助くんの名前を呼ぶと、ゆっくりこっちの方を見た。

「……ごめん、誰…ですか?」

あ、ショックだな。思っていた以上にこれは胸にぐさっとくる。

「平助くんの…、君の……幼なじみだよ」
「そうなのか…。忘れていてごめん。…これからよろしく」

本当は半分嘘。平助くんが事故に合う3日前にようやく付き合えたんだ。だから幼なじみだけど、もう恋人同士かな。

君は覚えてないけど、さ。