短編 | ナノ


夢を見た。

そこには何もなくて、誰もいなかった。もちろん千鶴もいなかった。『嬉しい』も『悲しい』も『愛しい』も全部全部ない真っ暗な世界だった。
もしかしたら、これが死後の世界なのかもしれない。僕はもっと楽しいところ、天国か、もっと苦しいところ、地獄みたいなところの2つしかないと思っていた。ああ、でも誰も何もないなんて結構苦しいのかもなぁ。


そこで目が覚めた。

辺りはまだ真っ暗で、まるで夢で見た世界みたいだとふと思った。だからか、すぐに寝る気分にはなれなかった。

「あれ、千鶴?起きてたの?」
「あ、総司さん。少し…目が覚めてしまって。それよりうなされてましたよ。大丈夫ですか?」

千鶴は縁側に腰かけていた。

「ちょっと夢を見ちゃってね。」
「どんな夢ですか?」
「真っ暗で誰もいなくて、何もないんだ。そんな世界に僕1人だけがいる夢。これが死後の世界なのかなぁって思っちゃっ……って、え?ち、千鶴?」

気づけば千鶴は僕をぎゅうっと抱きしめていた。

「千鶴?どうしたの?」
「総司さん、わかりますか?私はここにちゃんといますよ。大丈夫です」

そう言って千鶴はふんわりと笑った。
冷たい風が吹いてきた。鈴虫の泣き声が小さくなってきた。そういや鈴虫って眠るのかなぁ、なんて小さいころ疑問に思ったことをふと思い出した。

「少し冷えてきたね。そろそろ戻ろうか」
「もう大丈夫ですか?」
「うん。ここに千鶴がいるもんね。ちゃんと抱きしめて教えてくれたからよくわかったよ。あ、また悪い夢を見てしまわないように一緒の布団で寝よっか」
「む、無理です〜っ!!」

千鶴、ごめんね。きっと僕は千鶴を置いていくと思う。自分勝手なことはわかってるけど、離れるそのときまでずっと一緒にいてね。


by.いいこ