08*いつまでも涙がとまらない


偶然って、残酷。
ただ、掃除当番で、ただ、ジャンケンに負けて、ただ、ゴミ捨てに行っただけなのに。
それだけなのに…
何で、こんなモノを見なくちゃいけない?
肩越しに見えた、女の子の勝ち誇った顔。
広い背中を這っている、女の子の手。
クスクスと、耳に障る女の子の笑い声。
吐き気がする。
ゴミを思いきりぶつけてやりたい。
その衝動をどうにか抑え、私は二人に背を向けて走り出した。
全速力で屋上に向かう。
乱暴に重い扉を開ければ、私の心とは正反対の澄んだ空が、出迎えてくれた。
都合良く、屋上には誰も居ない。
堰をきったように、涙が溢れ出す。
私は大声で泣いた。床に座り込み、幼い子供みたいに、わんわん泣いた。
何で、こんなに苦しいのか。悔しいのか。辛いのか。悲しいのか。
どんなに考えたって、答えは一つしかない。
総悟が私の傍から、居なくなってしまうのが、嫌なんだ。
友達として、一緒にいられるだけでいいと、思ってたけど…もう、無理。
私の手の届かない所へ、行ってしまった事を認めたくない。
嫌だ…嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
黒くてドロドロしたモノが、心を浸蝕していく。


「怪獣みてぇな泣き声でさァ」


呆れた総悟の声に、肩が大きく跳ねた。
振り返る事が出来ない。
総悟の足音が、どんどん近寄って来る。
どんなに涙を拭っても、涙は止まらない。
総悟の足音が、目の前で止まった。


「何泣いてんでィ?」


私の前にしゃがみ込む総悟に、顔を見られないよう、手で覆い隠した。


「黙ってたら、分かんねぇだろうが」

「…ごめん」

「何が?」

「私…総悟の幸せ…祝えない」


体が強張って、震えているのが分かる。


「どうしても…無理なの…総悟があの子と、一緒にいるだけで…あの子が総悟に、触っただけで…頭が、可笑しく…なりそう」


嗚咽を抑えながら出す言葉は、とても幼稚に聞こえて恥ずかしくなる。


「嫌なの…そ、総悟が…いなくなっちゃうのが…嫌…総悟を…とられるのが…嫌なの」


まるで駄々をこねる子供だ。
手に入らないモノを、欲しい欲しいとせがむだけ。
なんて、馬鹿で、哀れで、醜いんだろ。


「そらァ…焼きもち、かィ?」


私は小さく頷く。
今更、嘘をついても意味がない。


「ごめん…焼きもちなんて…できる立場じゃ…ないのに…只の友達なのに…ごめん…ごめん」


焼きもちをやく時点で、もう友達じゃない。でも、友達でいさせてほしい。
せめて、友達として、総悟の傍に…
ひたすら謝り続ける私に、総悟のため息が重くのしかかる。


「じゃあ、友達やめてくれィ」


一瞬にして、世界が真っ暗になった。
頭の中がガンガン鳴って、息が上手く吸えない。
身体が重い。
どんどん、闇に引き込まれていく。
もう、私は総悟の傍にいられないんだ…
突然、総悟は私の両手首を引っ張り、私の顔から手を引き剥がした。
驚いて総悟を見れば、見慣れない真剣な顔に、心臓が痛いぐらい鳴った。


「焼きもちやける立場に、なってくだなせェ」


総悟の言葉に、思考が停止する。


「あの女とは、何にもねぇし、名前も知らねぇんだ。あの女が、いきなり抱き着いて来ただけでィ」


勘違いすんなと、総悟は私の頭を軽く叩く。


「俺ァ、お前に近づく男にずっと前から、焼きもちやいてんでさァ」


総悟の言っている事が、分かるけど、分からない。
馬鹿みたいに口を開けて、ただ総悟を見つめた。
私は夢でも、見てるんだろうか?


「ひでェ顔でィ」


総悟は制服の袖で、乱暴に私の顔を拭う。
ああ…現実だ。
あんなに大きかった絶望や悲しみを、総悟は簡単に消してくれた。
優しく総悟は、私の頬を包んだ。


「ほらァ…笑ってくだせェ」


ニッコリと、珍しく綺麗に笑った総悟に顔が、みるみるうちに、歪んでいく。



いつまでも
涙がとまらない




笑えって言ってのに、何泣いてんだァ
嬉しい時も、涙は出るの!
(幸せもとまらない)




マヤ様(ぜろ


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