※学パロ
ちらっといかがわしい描写が有るので、苦手な方はご注意下さい。

「あッ」

一般棟、普通クラス。
その扉をハオが勢い良く開いた瞬間、葉が上擦った声を上げた。普段は眠たげな亜麻色の瞳が、今は大きく見開かれている。葉が咄嗟に自分の背中へと隠した"それ"に、ハオはあからさまに眉を顰て見せた。

「……葉、今なに隠したの」

一気に鋭くなったハオの視線に、葉はぎくりと身体を強張らせる。
鮮やかな朱色に染まった教室には、穏やかとは言い難い空気が垂れ込め始めた。生徒がすっかり帰宅したそこには今、ハオと葉の二人しかいない。ハオは葉を教室に待たせて、特別棟の生徒会室へ書類を取りに行っていた。小走りに片割れの待つ教室へと戻ってきた矢先のことだ。余り待たせては可哀相だと気遣いからした行動の結果が、葉に気まずそうな顔をさせているだなんて皮肉なものだと、ハオは小さく自嘲する。全てが淡い紅色の空間で、一瞬視界を掠めた白。それは、葉がハオの視線から隠す様に背へと回した右手に握られていた。それ程大きくはない、手の平大の封筒。丁寧に糊付けされたそこに書かれていたのは、見慣れた自分達の苗字と見知らぬ贈り主の名前だった。

「…別、に…ッ!」
「へえ、嘘つくんだ?」

ハオが不意をついて葉の右手を掴めば、ビクンとその肩が震える。大して力が篭っていない筈の掌は、それでも葉を捕らえるには充分なものだった。葉が反射的にハオを見つめると、赤みを増した茶色の瞳に射抜かれる。静かな怒りの滲む眼差しに、葉は気まずそうに視線を落とした。ハオから顔を背けた葉の目は、すっかりと泳いでいる。必死に言い訳を考えているのだと一目で判る仕種に、ハオは苛立ちを募らせた。それに反して、唇から零れた声音は厭に優しげに教室へと響く。

「………なんだ、葉も隅に置けないね。散々自分はモテないだなんて言いながら、こんな物を貰っているんじゃないか」
「………だ、から…そん、なん…じゃ…」
「そんなんじゃないって?じゃあ、どうして僕に隠す必要があるんだい。……何か、やましいことでもあったから隠すんじゃないのかな?」
「違ッ…!」
「違わないだろ!」

急に声を荒げたハオに、葉は大きく身体を跳ねさせた。その隙をついて、ハオは葉の手から乱暴に手紙を奪う。

「ッ!」

反射的に手紙を取り返そうとした葉に、ハオは怒りで目の前が真っ赤に染まるのを感じた。ぶつん、と頭の片隅で何かが切れた音がする。
気がついた時、手の中の手紙は無数の紙片に姿を変えていた。

「………なんだ、そんなにショックだったかい?」

呆然と手紙の残骸を見つめる葉に、尚更苛立ちが募る。胸の奥が焼け付く様な熱を持っていた。ちりちりとした不快な憤りが、ハオの内側を急速に爛れさせていく。

「……そんなに、アレが大事か」
「……違、う」
「違わないだろう」

ハオが断言すると、葉は酷く途方に暮れた、泣き出しそうな顔をした。
顔をくしゃくしゃにして、込み上げる感情を必死に押し殺している様な顔だった。
・・・・・・そんな顔をしておいて、何処が違うというのだろう。
葉の仕種や言葉の一つ一つが、無遠慮にハオの内面を毛羽立てていく。胸に渦巻くざわざわとした不快感に、ハオはきつく歯を噛み締めた。

「……ハオ、オイラ」

何か言いかけた葉を乱暴に壁へと押し付け、ハオは強引に唇を塞いだ。
戸惑いながら開かれた唇が、一体何を言おうとしているのか。
それを考えた瞬間、背筋を突き抜けた恐怖にハオは戦慄した。葉が自分を拒絶する言葉なんて、聞きたくもなかった。だからこそ、力付くでその口を塞いだのだ。

「ン、ぅ…ッ!ぁ…んンッ…!」

自分の口内へ無理矢理侵入してくるハオの舌に、葉が頭を振って抵抗しようとする。
背中に回された葉の腕は、ハオを抱き寄せる為ではなく引き離そうとするものだった。その事で余計に頭に血が上る。思考の片隅では、こんな事をする自分が悪いと解っていた。けれどそれ以上に、受け入れて貰えない淋しさがハオを暴虐に駆り立てる。葉の頭を両手で押さえ込み、一層深く口づけて口内を荒らし回った。歯列を割り、逃げる葉の舌を乱暴に絡めとって吸い上げる。愛情よりも嗜虐と独占欲が上回った、ただ相手を屈服させる為のキスだった。否、キスだと呼べる行為ですらなかった。それは葉にとってただの暴力だったに違いない。ハオの思考を掠めた予想は、確信と限りなく近い位置に存在している。そんな事を大事な相手にしている自分が、何よりも哀しかった。
長い口づけに堪えられなくなったのか、ついに葉の腰が砕ける。ずるりとその場に座り込んだ身体を咄嗟に腕で支え、ハオも漸く唇を離した。荒く呼吸を繰り返す葉の瞳は潤み、焦点を結ばないままぼんやりとハオを見詰めている。その瞬間、お互いの舌先を繋いでいた唾液がふつりと途切れた。ハオが冷たい感触に一瞬顔をしかめると、葉の視線がぼんやりと動く。
小刻みに震える葉の身体に、じくりとハオの胸が痛んだ。すっかりと冷えた頭で、自分が悪いのは解りきっている。砂で出来た足場を徐々に波で削られていく様な不安に襲われ、ハオは思わず葉を抱く腕に力を込めた。

「……葉は、僕のモノだ」

ごめんね。僕が悪かった。許して。
そんな謝罪の言葉よりも先にハオの唇から零れたのは、酷い独占欲の滲む台詞だった。
傲慢な音の羅列とは裏腹に、声音は不安と後悔に揺れている。縋り付く様に抱きしめた葉の身体の暖かさに、ハオは目頭が熱くなるのを感じた。
もう、ダメだと思った。
勝手に嫉妬して、勝手に怒って、揚句の果てに八つ当たりの様なマネまでしてしまった。手紙を貰ったのだって、別に葉が悪い訳ではない。葉の持っているモノに惹かれた相手が、自分の想いを綴って片割れへと渡した。それだけだった。ハオが葉を好きな様に、同じ様に、葉へと気持ちを手渡しただけだった。
けれど、それがこんなにも苦しい。
馬鹿げていると思うのに、悔しくて不安で堪らなかった。自分にはない柔らかな肢体を持った相手だからこそ、葉に当然の様に想いを伝えて許される異性だからこそ、葉を信じているのとは別の部分で怖くて堪らなかった。

「ッ、…」

漏れそうになる嗚咽を、ハオは必死に噛み殺す。
ここで泣くのは、ハオのプライドが許さなかった。ここで自分が先に泣けば、葉は怒ることも泣くことも出来なくなるだろう。例えハオ自身に同情を誘う意図がなくても、それだけは絶対にしたくなかった。それはハオの中で、最低な自分の行動を歪つに正当化し、葉への想いを自分自身が踏みにじる卑怯な行為だった。既に手遅れかもしれない。ハオがした暴力は、葉を手酷く傷つけたに違いなかった。申し訳なく思う半面、どうして自分の気持ちを理解してくれないのかという傲慢な考えが胸に巣くう。謝罪の言葉は頭の中を巡るだけで、舌先には一向に昇ってくる気配がなかった。
けれど、それでも葉にだけは、そして葉を思う自分の気持ちにだけは、最後まで誠実でいたかった。
自分勝手だとは解っていても、ハオはその一心で涙を堪える。

「……………自分勝手過ぎんだろ、お前」

ぽつりと呟いた葉の言葉に、ハオはびくりと身体を震わせた。
けれど、葉の腕がおずおずとハオの背に回る。戸惑いながらも自分を抱きしめてきた腕に、そして肩へと埋められた葉の頭に、ハオはまた泣きそうになった。徐々に抱きしめてくる腕の力が強くなる。苦しいくらいなのに、酷く嬉しかった。

「………人の話、ちっとも聞かねえし」
「……うん」
「………背中、めちゃくちゃ痛かったんだぞ。少しは手加減しろよ」
「……うん」
「………勝手に、切れて暴走するし。いつもはやだって言えば止めてくれんのに、今日は………ちっとも、止めてくれんし」
「…………うん」

葉が顔を埋めたハオの肩が、徐々に濡れていく。ハオからも抱き返せば、葉のしゃくりあげる声が高くなった。小さく震えるその背を撫で、ハオは俯く葉の頬へと両手で包む様に触れた。素直に従った葉の瞳は、案の定濡れている。申し訳なさと愛おしさがない混ぜになったまま、ハオはこつりと葉の額に自分のそれを合わせた。さっきまで口に出来なかった言葉が、自然とこぼれ落ちる。

「よう、ごめんね」

告げた瞬間、葉の顔がくしゃくしゃに歪んだ。次々と頬を滑り落ちていく涙に構わず、震えた声が小さく叫ぶ。

「ッ、め…めちゃ、くちゃッ…怖かっ…!」

震える肩に胸が痛む。謝るよりも先に抱きしめてやりたくて、ハオは葉を抱く腕に一層力を込めた。響く嗚咽が肩に遮られてくぐもる。
縋り付いてくる熱い身体が、ただ愛おしかった。



沈みゆくネイビーブルー



「…ってことだ。解ったか、大馬鹿野郎」
「……はい」

すっかりと暗くなった帰り道を歩きながら、ハオは葉からされた説明に小さく頷いた。今回ばかりは、馬鹿呼ばわりされても否定出来ない。

「……だって、まさか僕宛ての手紙だなんて思わなくて…」

途方に暮れたようにぽつりとつぶやき、ハオは困った様に片割れを見遣る。
そう、ハオが葉に宛てられたものだと勘違いして破り捨てたあの手紙は、実は葉が女生徒からハオに渡してくれるよう頼まれたものだったのだ。

「おう、そうだ。お前が勝手に勘違いして、勝手にキレて、勝手にオイラのこと襲いやがったんよ」

情け容赦のない葉の台詞に、ハオはぐうの音も出ない。まさにその通りだった。言い訳はできない。そう思いながら、思わず口をつぐんで押し黙る。しかしそうしていると、僅かの不満がハオの中で鎌首をもたげてきた。

「……でもさ、葉だって悪いんだよ」
「なんでだよ」
「葉がさっさと僕にあの手紙渡してれば、あんな誤解しなくて済んだんじゃないか」

葉の隠すような、思わせぶりな態度も悪かったのだと、ハオは唇を尖らせる。
けれど、葉からの反応がない。すぐさま「自分の勘違いを棚上げすんな」等と、可愛くない答えが返ってくると思っていたのに。
そう不思議に思って、ハオが何の気無しに隣の葉を見遣ると、その頬は真っ赤に染まっていた。

「え」
「ッ……それくらい気づけ!馬鹿ハオ!!」

バンッとハオの背を力いっぱい叩き、葉はそのまま勢い良く駆け出した。痛みと衝撃に噎せたハオは、思わずその場へと蹲る。十数メートル程先まで走ってから、葉は痛みに呻く片割れへと振り返った。鮮やかな朱色の夕日が、葉の頬を同じ色に染め上げる。射抜くようにハオを睨みつけた片割れは、まるで宣戦布告の様に叫んだ。

「お前だってオイラのなんだ!誰にもやらんぞ!」

数旬の沈黙。その言葉の意味を咄嗟に理解できなかったハオは、真っ赤な顔をした葉をぽかんと見つめた。
そんな片割れと数秒間見つめ合った葉は、羞恥を振り切る様に再び駆け出していく。小さくなっていく背中を見送りながら、ハオはよろりと立ち上がった。背中の痛みは、驚きで何処かに吹っ飛んだらしい。葉の言葉が頭の中でくるくると回っている。
けれど、停止していた思考が漸くその言葉の意味を咀嚼仕切った瞬間。ハオは弾ける様に笑い出していた。生徒会長の麻倉ハオを知る人間が見れば目を見開く様な、だらし無く蕩けた甘い笑みだった。

「…よう!ねえ、ようったら!待ってよ!」

自分の名前を叫んだハオに、葉はギョッとして思わず振り向いた。
視線を向けた先には、満面の笑みを浮かべたハオがいる。何と言うか、デレデレの顔だった。けれど緩んだ表情とは裏腹に、葉へと駆け寄ってくる速度は目を見張るものがある。「あいつ体育の測定の時はいつも手ぇ抜いてやがったな」と、葉も直ぐに解った。そして広げられた両腕から、葉はハオが自分を取っ捕まえて抱きしめる気なのだと悟る。
解った瞬間、葉は更に走る速度を上げた。
捕まったが最後、ハオに背中が痒くなる様な甘ったるい台詞をしこたま吐かれ、キスの嵐の餌食にされるのは目に見えていた。さらに悪ければ、すっかり恋人スイッチが入った兄によって、口には出来ない様ないかがわしい行為になだれ込まれるだろう。何がマズイって、それを嫌だと思っていない自分が非常にマズイ。さっき、あんなに恥ずかしい事を言ったのだ。つまり、今日はいつもよりも葉の中のボーダーラインが低くなっている。その上ハオの甘い台詞や態度で更に追い撃ちをかけられ、でぐでんぐでんにほだされでもしたら、葉自身も何を口走るか解らなかった。あんな恥ずかしい事を言ってしまったんだからこれくらいはいいかと、いつもなら思っていても言わない様なことをぽんぽん口にしてしまいそうな気がする。

「よーう、ようったらぁ!」

ハオの足音や息遣いがすぐ後ろに聞こえ始めても、葉は必死で走りつづけた。
しかし、確実に二人の距離は狭まっている。それでもなんとか一足先に家の門をくぐり抜け、葉は鍵を取り出して玄関の扉を開こうとした。途端、後ろから伸びてきたハオの掌が扉を押さえ付ける。振り向いた先にあったのは、喜色を浮かべた赤茶の瞳だ。
ああ、もう駄目だ。
そう思うのと、腕の中に閉じ込められるのは同時だった。

「つかまえた」

嬉しそうな声音が、耳のすぐそばで響く。
結局ハオに捕まった葉は、せめてもの抵抗にと、緩みきった兄の頬を軽く叩いたのだった。

===

これのデータが一回飛んで涙目になったんですが、何とかお披露目です。
お互いのこと大好きな双葉って可愛いと思います。

2013.05.12


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