クロエが7歳を迎える頃になると、義両親であるカールとシルヴァは彼女の魔力の兆しに気がつき始めた。そして、その強大さにも。いや、今までも間違いなくその力は発揮されてきたのだ。始まりは3歳の頃だっただろう。だが、誰にも気づかれぬ内に彼女はその力のコントロールの術を身につけていた。必要な時にしか使わず、使ってもその魔法は自分の意図するのみに作用させる。それから実に4年して、漸く義両親が彼女の魔力に気がついたのはまさに偶然だったのだ。 クロエがバランスを崩して屋敷の階段から落ちそうになった時。当然彼女は魔法で身を守った。年老いた屋敷しもべが誤って食器を落としそうになった時。それもまた、彼女は何食わぬ顔で助けてやった。それらを義両親は偶然目撃したのだった。 クロエの知らない所で、夫婦は話し合いを重ねた。彼女の魔力の芽生えは一般的な魔法使いのそれよりも明らかに早いように見えたのだ。そして、本確定な魔法教育の開始――――11歳――――までは長い時間がある。時間と環境さえあれば、魔力は鍛えることが可能だ。 「クロエさん、ブルガリアへ行きましょう」 ある日の夕食の席で、義母であるシルヴァが切り出した。当然クロエは驚きをあらわにする。 「叔父様の、お仕事のご都合……とかですか?」 クロエは、義両親を叔父、叔母と呼ぶように言われていた。そして義両親も彼女を軽い敬称を付けて呼ぶ。極めつけに口調は互いに敬語だ。名家と言っても、ここまで徹底している家は他にない。この事は、クロエが義両親を遠く、よそよそしいと感じる要因の一つだった。 「いいえ、クロエさんの教育のためですよ」 「私の?」 ダームストラングにでも行くのだろうか。義両親はクロエに、闇の魔術を学んで欲しいと思っているようだった。だがまだ、学校に通えるような年齢ではない。怪訝そうなクロエにシルヴァが説明する。 「あなたはその年で、もう魔力が現れてきています。そしてそれは、場合によっては鍛えることも可能なのです」 「ブルガリアには、安心して教育を任せることができる古い友人がいるのです。クロエさんが将来偉大な闇の魔女になるために必要なことなのですよ」 闇の魔女、限定。だが、彼らがクロエを闇の道に進ませたがっていることはこれまでに何度も聞かされてきたので、彼女はもう慣れっこだった。 「魔力を鍛えるだなんて、そんなことができるなんて知りませんでした。どの本でもそんな記述は見かけたことはありません」 クロエは不思議がった。 「通常、子供に魔力が現れるのは10歳前後です。そして、本格的に魔法教育が行われるのは11歳から。その間にそのような訓練を行うことは無理があるので、あまり一般的ではないのです。それに、魔力は生まれた時に決まっているという考えが常識ですから、敢えて増やしたり質を変えたり考える事は滅多にないのですよ」 シルヴァが微笑みながら話した。だがその微笑みは、母親が己の子に向ける慈しみの表情とは違っていた。寧ろ、近所の住人が地域の子供に向ける微笑み。愛がないわけでも、愛想笑いでも、作り笑いでもない。だが、深い愛情の篭った温かみのあるものでは、間違いなくなかった。 「一般的でなくても、方法はあるのですか」 だが、クロエはそんなもの気にしなかった。子供心に寂しいと思うことはあっても、周りの大人から向けられる笑みは皆そのようなものだ。気にしていたらきりがない。 「あなたのお父上の魔力の芽生えは、かなり早期であられたと聞き及んでいます。ですからもしかすればあなたも、と思っていました。昔はそういったことも頻繁に行われていたと聞いたことがありましたので、クロエさんが生まれた時に調べたのです。方法はかなり特殊で、現在では訓練を指導できる人間も減ってはいますが、不可能ではないのですよ」 義両親も、たまに屋敷に来る大人も、大抵クロエの父親を偉大な魔法使いであったと称した。そして、ある者は恐るように、あるものは崇めるように、その話をするのだ。実の父親が誰なのか気になって仕方がないのに、誰も教えてはくれなかった。時が来ればわかる、と。クロエは、父親の正体と義両親のよそよそしさとには関係がある気がしてならなかった。 「訓練のために、ブルガリアで暮らすことになるのですね。そしてゆくゆくは、ダームストラングに?」 ブルガリアというからには、そうなのだろう。あそこは闇の魔術で有名だ。だがカールは首を振った。 「あなたのお父上のご意向で、学校はホグワーツに通うことになるでしょう。だが、入学までの4年間は向こうの屋敷に暮らします」 クロエは頷いた。逆らう気はなかった。どうしてもイギリスで暮らしたいという理由は別段無い。強いて言うならたまに交流のある家の子供達と会えなくなることくらいだろう。ドラコ、グレゴリー、ビンセント、セオドール。だが、彼らとも深い友人というわけではなかった。彼らの両親も、クロエの義両親も、あまりクロエを同世代の子供たちと関わらせたくないようだった。クロエの教育に悪影響があると思っているのだろう。彼女は寂しかったし、もっと友達と遊びたかった。だが、周りの大人はクロエのことについてかなり真剣に、様々なことを複雑に考え、議論して決めているらしかったので逆らう気にはなれなかった。 それに、彼女にはハウスエルフがいた。リーリャという名の女の妖精はクロエに専属で、そして一番の親友だった。ポリーがいなくなってからは。 ポリーの件があってから、クロエは周囲が怪我をするのを神経質に嫌がった。その頃から、リーリャは自分にお仕置きをしていない。 ← | → 表紙へ / 目次へ その他の小説も読んでくださる方は、是非本家HPにもお立ち寄りください→+Ange+ 小説ランキング参加中です。応援よろしくお願いします→Alphapolis |