クロエは、庭で犬と遊んでいた。中型犬で、クロエとずっと一緒に育ってきた親友だ。名前はポリー。クロエが2歳の時にダーリング家にやってきた。辛い時、幸せな時、いつもそばにいてくれた。両親――――義両親がどんなに余所余所しく振舞っても、ポリーだけは唯一の味方だった。 そのポリーが、死んだ。 いや、殺されたのだ。クロエの目の前で、無抵抗に、殴られて。 後ろから羽交い絞めにされたクロエは、何も出来ずにただ呆然とその光景を見ていた。6人のマグルの少年が、輪になってその中心にいるポリーに暴行を加えている。そのこげ茶色の犬は、もう動かないというのに。その柔らかな毛並みは、こんなにも血で汚れているというのに。マグルは笑っていた。無抵抗の弱いものをいたぶるのを楽しんでいた。 あまりにショックで、涙は零れなかった。わなわなと唇が震える。大事な親友が足蹴にされて、殺されて、動けなくなってもまだ殴られて。恐ろしかった。 普段から事あるごとに、クロエより2つか3つ年上の少年達は彼女に突っかかってきていた。一度、ポリーと遊ぶクロエがものを宙に浮かせたり、空中に物を出現させたりしているのを見たのだ。それ以来、クロエは化け物だと蔑まれ、いじめられた。 やり返すこともあった。クロエはまだ杖も持っていない未成年だけれど、感覚で魔法を使うことはできる。少年たちの足元に泥沼を出現して身動きを制限したり、近くの家の窓ガラスを割ったり、蛇を操って威嚇したり。一度裁量を誤って、頬に盛大な切り傷をお見舞いしてしまったこともあった。そういうことがあればあるほど、少年たちの嫌がらせもエスカレートした。クロエとて、喧嘩がしたいわけでも、誰かを傷つけたいわけでもない。たとえ自分の身を守るためでも。 クロエは、次第に家の中に篭るようになった。時間が経てば、少年達もクロエの事を忘れるだろうと考えたのだ。彼女はずっと家の中で読書をするか、庭で遊ぶかしかすることがなくなってしまった。 一年が経った。いい加減、クロエは家の中に篭ることに辟易していた。庭で出来る遊びは限られている。ダーリング家の屋敷は広く、半年は退屈しなかった。だがここには探検する森も、水遊びする湖もない。幼い少女が長い間いるべき場所ではない。一年ぶりに、クロエはポリーを連れて外に出た。 探検する為に足を踏み入れた森で、クロエは再び少年たちに絡まれた。彼らは既にマグルの小学校に上がっていた。どうやら学校の教育は良くないらしい。彼らは以前にもましてあくどい事をするようになっていたのだ。一年もお預けを食って、向こうも我慢の限界だったのだろう。いきなり、殴られた。 殴られたのは生まれて初めてだった。一年前は嫌味や暴言がほとんどで、酷くても砂や虫を投げられる程度だったのだ。呆然としてその場にへたり込む。だが、それ以上の攻撃はなかった。ポリーが、クロエの代わりに反撃をしてくれていたのだ。だが、多勢に無勢。すぐにポリーは一方的に暴行を加えられるようになった。 「やめっ……」 慌てて駆け寄ろうとしたクロエを、少年のうちの一人が後ろから羽交い絞めにした。その状態で、もう一発後頭部を殴られる。何も考えられなかった。怖かった。凄まじいポリーの絶叫が聞こえた。こんな酷い事が出来るなんて、信じられなかった。呆然としたまま、視界が赤く染まった。そして、何もわからなくなる。 気がつくと、ポリーと、それを取り囲んでいた少年、そしてクロエを羽交い絞めにした少年までもが、血まみれになって倒れていた。誰も、何も、ピクリとも動かない。クロエにはわかった。死んでいる。震える足で、二歩後ずさった。頭を抱えようとして挙げた両手を見て、それも血まみれなのに気づく。だが、彼女はどこも怪我などしていない。 自分が殺したんだ。我を忘れて、こんなに沢山の命を奪った。 大変なことをしてしまった。そう思った。だが同時に、恐怖は薄れていった。なぜか胸の中に、満足感が広がった。彼らはポリーを殺した。大事な親友だ。その復讐だ。彼らはひょっとして、クロエのことも、殺すとはいかないまでも怪我くらいはさせただろう。現に殴られた。二発も。なら正当防衛だ。自分の身を守るため、その目的のためなら、多少の殺人くらい仕方がなかった。 自分がいかにおかしな思考に至っているか、クロエには気付くべくもなかった。この場には、彼女をたしなめる人はいない。クロエは口元に笑みを浮かべた。そして、サッと倒れ伏している人数を確認した。大丈夫、一人も取り逃がしていない。 だが、この状況があまりにもまずいのは分かっていた。誰かに見つかりでもしたら、未成年でもアズカバン行きになるかもしれない。そうでなくても、監督者の義両親に迷惑がかかるのは必至。隠さなければならない。 そうなると、やることは決まっていた。クロエは彼らの死体を、ポリーごと燃やした。ポリーだけ残したら、何があったのか問われるだけだ。ならば勝手に逃げた事にでもしておけばいい。死体が灰になると、骨は細かく砕き、沸き起こらせた風に乗せて上空へ運んだ。あとは、天候の思うがままに霧散するだろう。完全犯罪だ。 事を終えると、クロエはその場を後にした。彼女はこの時、6歳だった。 ← | → 表紙へ / 目次へ その他の小説も読んでくださる方は、是非本家HPにもお立ち寄りください→+Ange+ 小説ランキング参加中です。応援よろしくお願いします→Alphapolis |