立て続く予想外
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あたしの眼の前に、此処に居る筈のない人が居た。

「…何だよその顔。折角、帰ってきてんだから嬉しそうな顔しやがれ」

不満そうな表情でそう言った彼は、自分の家であるかのように
あたしの横を通り過ぎてあたしの家に入って行った。

しばらく呆然と玄関に立っていたが、リビングから
「おい、」と明らかに不機嫌な声が聞こえたので慌てて先程歩いてきた方向へと走って戻る。
リビングに入ると我が物顔でソファに座っている明王の姿があった。

「……何、してんの」

「おいおい、俺様が帰ってきてるっつーのに歓迎もしないわけ?」

「そんな準備できてないし、…帰ってくるとも思ってなかったし」

ガラにもなく涙目になりながらも相手をみつめていると
明王は一瞬、驚いたように目を瞬かせたがすぐに表情を緩め
静かに「ただいま」と言った。

「っ…お帰り、」

ソファに座っている明王はあたしの言葉を聞いて満足したのか、口元に微笑を浮かべた。
不覚にも、久しぶりに目にしたその表情に心臓が跳ねる。

「…何で、帰って来たの?」

平静を装いつつ、そう訊くと「悪ィかよ」と予想通りの返事。
しばらくの間を置いて「…お前に言わなきゃいけねぇことあったからな」
と答えが聞こえた。

「…あたしに?」

「あぁ、」

あたしに向かって人差し指を数度折り曲げる明王。
こっちに来いと言いたいのだろう。
彼の指示に従い、ソファに座る彼の前に立った。
次の瞬間―――……

「……好きだ」

手を引かれて抱き締められたかと思えば、耳元に響く明王の低音。
状況の把握も、言葉の理解も、全てが追いつかない。

「…それ、言いたかっただけだから。返事は帰って来たら聞く。じゃあな」

気がつけばあたしの身体は解放されていて、あたしの頭を
ぽん、と一撫でして玄関へ向かう明王の姿だけが視界に入った。
がチャリと玄関のドアが開く音がしたかと思えばバタン、と冷たい音を立ててドアが閉まる。
ずっと見つめていた明王の姿は既に見えなくなっていた。

「…ば、か…また、どっか行っちゃう癖に…っ」

あたしは涙でソファを濡らしながら世界へと旅立ったであろう明王に心の中で別れを告げた。
そして、帰ってきたら一発殴ってやろうと心に決めたのだった。





(自分だけ喋ってどっか行かないでよ、馬鹿)




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