「黙っていれば可愛いのに」なんてことを口にする人間を見ると私は無性に腹が立ってきてそいつを思いつく限りの暴言で罵倒してやりたくなる。 「黙っていれば可愛いのに」と言う事が免罪符にでもなると思っていたであろう最低な人間はもうこの世にはいない。 お望み通り黙ることしか出来なくなったというのにその途端手のひらを返すように態度を変えるなんて、詐欺もいいところだ。私だってなりたくてなったわけではないのに。 平凡な家庭で無口な兄とは反対におしゃべりが大好きな子供として生まれてきた私は、そのことで度々両親の頭を悩ませていた。いや、ただ単に両親がおしゃべりな人間を好まない性質だっただけかもしれない。 とにかく、そんな幼少期に何かにつけて言われていた台詞が冒頭の台詞だった。 同じ言葉の羅列のシャワーを何度も頭から浴びながら、私は自分が兄のような物静かな性格になることは一生叶わないのだと子供ながらに薄々勘付いていた。 そんなある日、私は思いもよらないきっかけで両親そして私自身も心のどこかで望んでいた「沈黙」を手に入れることになる。 両親が用事で家を留守にしている間に押し入ってきた強盗から私を庇った兄が殺されたのだ、しかも私の目の前で。「妹に手を出すな!!」普段大声すらまともに出さない兄が、家中に響かんばかりの声を張り上げていた。あの時ばかり自分が幼くて非力な子供であることを恨んだことはない。 何の躊躇もなく兄の小さな身体にサーベルを振り下ろした強盗の身体に、兄と同じ痛みを感じさせられる程の力があったならば。 銃でもいい、刀でも。あの憎くて憎くて仕方ない男を殺せるだけの力があれば、兄は死なずに済んだかもしれないのに。後悔というものはしてもしても足りないもので、兄が絶命する寸前に叫んだ一声で私は助かったのだが私の心には一生消えない傷が刻まれた。 後悔と自責の念に私の心は押し潰され、私は「声」を失う。そして間もなく「両親からの愛」も失った。あの日を境に一種の呪いの言葉でもあった例の台詞は一切聞かなくなった。 両親はおしゃべりな私を「創り出してしまった」という罪の意識故に例の台詞を言っていたのかもしれない。そんなことは今となってはどうでもいいが。 ただ、はっきりしているのは両親があの台詞を口にしなくなったもう1つの理由は両親も私と同じように後悔と自責の念の海に溺れていたからだということだ。「兄の死」という誰もが望まない形で自分たちが望んでいた「黙っていれば可愛い」私を手に入れてしまったのだ、これ以上の皮肉はない。 「声のあるなしなんてどうでもいいじゃない。俺が好きなのは君自身なんだし」 願ってもいなかった言葉を、彼はいとも簡単に告げては私を酷く驚愕させる。 仕事が忙しい彼とは、滅多に会えないしましてやデートなんて片手で数える回数しかしていないが、私はそれでも彼からの愛を十分に感じて幸せな日々を送っている。彼にとって私の声のあるなしがどうでもいいように、私にとって彼と2人きりで過ごせる時間が少ないことはどうでもいいのだ。彼が生きてこの世界にいてさえくれたら、それでいい。 ちょっとだけ背伸びをして、また昔のように声が出るようになったらなぁと思う時もあるが、彼の反応はいつもと変わらないだろうなと考えて声を出す練習は思いついた瞬間に消える。 「黙っていれば……」から始まる例の台詞を言う事が免罪符になると思っていたのは両親ではない、むしろそれを言われることが贖罪だと思っていたのは私だったのだ。クザンという男は私にそれと愛を教えてくれた。もう少しだけ早く、彼に出会えていたら私は変わっていたかもしれない。 だが、変わっていたかもしれない私を彼は愛すか?と聞かれたら答えはノーだ。その理由は彼の言葉にある。 「……だけど、出来れば静かな女の子の方が俺は好きなんだけどね」 おかえりなさい、かみさま ---------------------- 『Hello Baby,』様へ提出。素敵な企画をありがとうございました! 100612 ×
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