突拍子もない。
突飛な事を言う。
突っ込みをいれる。
この突撃彼女、どうしてくれよう。






◆◇◆◇







たまの休み。
清々しく晴れ渡った空は、抜けるような群青。
ああいい日だなーなんて。
U-17選抜合宿宿舎内に広がる無駄にお綺麗なカフェの窓際で、ぼんやりと目を細めてみる。
たまの休みとは言ったものの、実際には丸一日の休みなどではない。
一週間に一度行われる健康診断兼体力測定。
中学生と高校生に分かれ、更に中学生内、高校生内で数グループに分けられる。
グループごとに診断日程を組まれており、該当グループの者は順番が回ってくるまでの間は待機するのみ。
因みに、診断日は半日の休息が約束されており、診断が終わった者たちも時間まではまったりと寛げる。
スポーツマンを形成するものは練習六割、食事三割、そして休息一割だ。
休息も立派な練習メニューの一環なのである。
ピピピと可愛らしい声を上げながら、雀が三羽下りてくる。
芝生を突いて首を傾げ、また突く。
あーかわえぇなーなんて、ぼんやりと景色を眺める彼──忍足謙也もまた、休息を与えられた選手の一人だ。
カランと音を立てて溶けた氷が、手狭だったグラスの底へ向けて一歩。
押しのけられた氷は肩身が狭そうにグラスに身を凭れかけて止まる。
グラスに三分の一ほど残った液体は、とてつもなくどこまでも果てしなく鮮やかな緑色。
一気呑み直後に顔をしかめて「もう一杯」と口走りたくなる液体は、きっと多くの人間には好まれない味わいだろう。
だって有名なソレのCMだって、おかわりの枕詞には「マズイ」が添えられているのだから。
しかし謙也の味覚は一味違う。
例え百人がマズイと顔をしかめようが、彼は笑うだろう。
ドヤ顔で。
青汁が大好物だと豪語する彼の味覚は、きっと常人とは少しズレている。
少なくともこのカフェの青汁は、健康オタクな白石ですらギブアップする味わい。
素面で呑みきったのは謙也を除き、乾と木手の二人だけという強者なのである。
しかし無理もない。
口に入れた途端に咥内のみならず鼻腔を突き抜けて脳髄に突き刺さる青々と茂る野山の香り。
芳しい芳香とともに広がる苦み。
国産ゴーヤをふんだんに使用した青汁は、健康面にもマズさ的にも百点満点だ。
いっそ罰ゲームメニューですらあるそれを自ら進んで注文し、あまつさえ麗らかな休息のおともにする彼は相当の強者である。
が、照り付ける陽光に浮かび上がる情景を見るともなしに眺めるその顔は、少々間抜け。
半分開いた口とか、半分閉じた目とか。
ボケッと窓の外を眺める謙也の姿は、見ているだけで力が抜けるようだ。
そんな彼を見詰める瞳が一対、テーブルの向かい側。
陽光に映える純白のクロスの上にたっぷりと汗をかいたグラスと、半分しか残っていないオレンジの液体。
氷のたっぷり詰め込まれたグラスには白いストローが突き刺され、先端を摘む指先が狭いグラスの中で氷をガラガラと掻き混ぜる。
時折吹き込む涼やかな風が黒髪を揺らし、ストローとは反対の手が頬にかかる髪を弾いた。
ジッと向かいの男を見詰める少女──リョーマは、クロスについた肘は外さぬままに窪みの深くなった氷を一つオレンジの海に沈めた。


「……ねぇ」


謙也と同じグループに属するリョーマもまた、本日診断日。
合宿唯一の女子選手であるため、性別を考慮に入れて診断は一番最初に行われた。
故に今、リョーマも謙也と同じくたまの休息を満喫している人間である。
しかしなぜ、リョーマは謙也と席をともにしているのだろうか。
取り立てて仲睦まじい様子もなかった二人。
人気のないカフェには、無人のテーブルなど無数にあるというのに。


「んー……」


謙也の口から漏れた、とても間の抜けた間延びした音。
それは果して返事であったのか。
聞こえた音に、無意識に音を返しただけだったのだろうか。
ぽんやりと半分しか開かれていない目は、いまだ窓の向こう。
パタパタと飛び去った雀が一羽。
おー気ィつけてなーなんて無駄に快く送り出してみたりして。
カララ……と氷が合唱。
溶けかけた氷が崩れて満員グラスに余裕が出来たらしい。
グラスに寄り掛かっていた氷が開放を唄いながら底へ滑る。
ツゥと伝い落ちた汗は、透明な肌を伝って白いクロスにグレーの水玉を描いた。
フワッとどこらからか吹き込んで来た風。
謙也の目の脇で、金髪と黒髪がユランと揺れた。


──ん?黒髪?


はた、と謙也が、我に返るより早く。
謙也の頬に、柔らかい感触。
マシュマロのように柔らかくて、お日様のように温かくて、花のようにいい香り。
パチン!と音を立てて弾け飛んだ平和のマイワールドから、現実に漸く意識が帰還を遂げる。
真っ青な空。
生い茂る緑。
小鳥の合唱。
麗らかな休日を描いた素晴らしき光景は、透明なキャンパスの向こう。
そして……──


「ッッうぉぉぉあぁぁぁぁ!!??」

「わー凄い顔」


目の前に。
ほんの数センチの距離に。
それはそれは可愛らしい少女のドアップ。
美少女と呼ぶに遜色ない──むしろ美少女の代名詞とでも言うべき美貌が、僅か数センチの距離に。
奇声を上げてひっくり返った謙也に、なんの罪もないだろう。
ガッシャンドシャァ!
漫画ならきっとこんな効果音が書き添えられただろう。
盛大に背中から床へダイブした挙げ句、椅子の足が滑ってあら大変。
椅子と組んず解れつ仲良く床へと飛び込んだ彼の前で、事の元凶はさして面白くもなさそうに謙也の顔を指差して来る。
原因は、犯人はお前だ!!なんて叫べたらどれだけよかったか。
悲しいかなこの謙也に、そんな状況把握能力と度胸は備わっていなかった。


「なッエッなっなッえっ」

「ななえ?誰っスかそれ」


今の謙也に出来たことは、リョーマに倣って可愛らしいその美貌に向かってわなわなと指を差すことだけ。
人を指差してはいけませんとかなんとか、昔道徳の授業で先生に言われた気がするがそんなこと気にしていられない。
検討違いの疑問に片眉を上げる、この目の前の可愛い生き物は今、今いったい何をした?


「そんなに嫌だったんスか?キスされんの」

「だわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


問い掛ける前に答えてくれました。
しかも真顔で。
さも当たり前なように。
耳を塞いで顔どころか全身真っ赤に染めて絶叫。
ムンクもびっくりな『叫び』の様相である。


「なんやねん自分なにしてんねんっちゅーかいつきたんなんでここおんねんなにしてんねんッ!!!!」

「早口すぎてなに言ってるかわかんないんだけど」


浪速のスピードスターは口だって速いのです。
相手に伝わらなければ意味はないけれど。
頭を抱えたまま喚き散らす謙也の言葉は、片眉を跳ね上げたまま小首を傾げている美少女には届かなかったようだ。
謙也から言えばリョーマがいつ自分の目の前に座ったのかすら知らない。
むしろ誰かが座っていたことすら気付かなかった。
当たり前だ。
そうでなければ雀を見て和んだりあんな無防備な間抜け面など誰に見せるものか。
だというのに唐突に美少女からのキスを賜ってしまった次第でございまして。
謙也の思考回路は既にショートなう。
顔から火を上げながら立て板に水の勢いでまくし立てる謙也を眺めるリョーマは、微動だにしない。
可愛らしい顔に困惑と怪訝を絶妙にブレンドし、なんともいえないフェロモンを垂れ流すのみ。
小首を傾げているその角度は、もはや凶器。
謙也の怒涛の早口大会にただジッと耳を傾けていたリョーマが、ゆっくりと首を持ち上げる。
そして、今度は反対側にコトリ。


「……つまり嫌だったわけ?俺とキスすんの」

「キキキキキキ!!!!????きっききっキっッッ!!!!」

「猿の鳴き真似っスか。似てないっスね」


またも爆弾。
とんでもなく愛らしい美少女が大きな瞳を瞬かせ、薄紅色の小さな唇からその少しハスキーなキャンディヴォイスで紡ぐ“キス”の二文字。
凶器だ。
間違いない。
謙也の脳は完全なオーバーヒート。
けれどそんなこと、爆撃機本体であるリョーマには知る由もなければ関係もない。
小首を傾げたまま指先を顎に添え、思案のポーズ。
あぁ指めっちゃ綺麗やなぁとか肌白いなぁとかスベスベなんやろなぁとか。
もはや謙也の脳ができることはただ一つ、現実逃避だけだった。
小首を傾げたことで、リョーマの長い黒髪が肩をホロリホロリと不規則に滑り落ちていく。
謙也の足元に仁王立つ少女は、裏合宿で配布された黒ジャージに黒のハーフパンツ。
恐ろしく愛らしい顔なのになんとも男らしい恰好で、なんとも逞しい立ち姿だ。
しかし、ハーフパンツから伸びたスラリとした足は白く細い。
そういや侑士も越前の足は最高やとかなんとか熱上げとったなぁ。

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