カレンダーが秋を告げるけれど、照り付ける太陽は素知らぬ顔。
ジリジリとアスファルトを焼く熱線は未だ健在。
木々の色も青々と。
カレンダーに赤々と記された数字は、九。
秋を目前に迎える残暑厳しい、そんなある日。




新大阪に、一人の少女が降り立った。






◆◇◆◇







シルバーウィーク。
九月の下旬にある大型連休。
残暑厳しい今年のシルバーウィークは、夏に引き続き避暑やレジャーに繰り出す人々で騒がしい。
テレビやラジオから流れる交通情報は、どこそこの高速がなんキロ渋滞だなんだと色々と忙しない。
それはここ、新大阪駅も同じ。


「あっつ……」


ただでさえ容赦ない太陽の熱に加え、ごった返す人込みの熱気。
新幹線から降りて、僅か三歩ほど。
迫り来る熱さに辟易とした声が、小さな唇を吐いて出た。


「……くるんじゃなかった」


そして到着後僅か五秒で後悔。
人込み特有の不快な熱気と、日本独特の湿気。
リョーマの気力を盛大に削ぎ落とすに、それらの効果は絶大な威力を有した。
首に張り付いた黒髪を払いのけ、盛大な溜息を一つ。
キュッと踏み出した足は改札に向けて。
そこに見えるだろう迎えの姿を思い描き、ファンタを奢らせるべく味の選択を開始した。













「ちゃんと捕まっときやー」


迎えの人物──恋人である白石の声を聞きながら、ファンタを一口呷る。
味は梨、期間限定だ。
勿論財布は白石のものだったのだけれど。
駅から出発した現在、白石の愛車である自転車の後ろに横向きに跨がり、緩やかな勾配を上昇中。
四天宝寺の聖書とまで呼ばれ、適度に引き締まった白石の体は、リョーマを乗せたままでも軽やかに坂を上る。
ジーワジーワと未だ残る蝉の大合唱。
青過ぎる青空の下、二人乗りの自転車で風を切るだなんてどこの青春映画だ。


「ねぇ。まだ?頭焼ける」

「もうちょいや。この坂越えたらすぐやで」


左から右に流れていく景色と風。
釣られて靡く黒髪がリョーマの視界をチロチロと泳ぐので、白い指が鬱陶しげにそれを耳脇で捕まえる。
坂は、間もなく終わった。













「おじゃましまーす」

「はいどーぞ」


到着した先は、普通の民家。
クリーム色の壁に、黒い屋根。
二階建ての軒先には何枚かの洗濯物が揺れている。
石造りの門扉には、『白石』の表札。
ここは白石家。
リョーマの恋人である、白石蔵ノ介の自宅。
関東と関西ではそうそう行き来できるものではない。
よって、来る大型連休を利用しない手はなく。
リョーマの白石家お泊まりは決定した。
間延びした決まり文句とともに、白石家の玄関を潜る。
越前家のようにあちらこちらに靴が飛び散ることもなく、整然と整えられたソコは何だか妙に白石らしい。
なんとなく、靴を脱ぐ際に軽く揃えて置いておいた。
一歩、廊下に足を乗せる。
──と、二階から足音が一つ。
反射的に階段を見上げれば、ピョコリと少女が一人顔をだした。


「友香里……」

「なんやクーちゃん。もうきとったん?」


トントンと軽やかに階段を下る少女が、ツインテールを揺らしながら最後の二段を飛び降りる。
クリクリと愛らしい大きな瞳が印象的な少女の名は、どうやら友香里というらしい。


「友香里、姉貴は?」

「なに言うとん。今日から合宿やゆうてたやん。聞いてへんかったん?」

「あー……せやった……?」

「どんだけ色ボケとんのやクーちゃん」

「色ボケとらんわ!」


ポンポンと飛び交う二人の会話。
会話の内容から推測するに、友香里というこの少女は白石の家族なのだろう。
外見からして、妹だろうか。
俺と同い年くらいかなぁなんてぼんやり眺めていれば、当の友香里本人がリョーマを仰ぐ。
目が合った瞬間にバチリ、音が鳴る錯覚。
赤みがかった瞳が琥珀を見詰め、ズイと身を乗り出した。
あ、目元がちょっと蔵に似てる。
間近に迫った少女の容姿に恋人との類似を探したのは、無意識の産物だ。


「……アンタがリョーマちゃん?」

「まぁ……そうだけど……」


マジマジと見詰めて来る少女の視線を受け止めて、確認の言葉にはコクリと頷き一つ。
友香里の背後から白石がなにやら喚いているが、目下リョーマの思考は近すぎる友香里の顔に支配されている。
誰だって鼻が付きそうな程に間近で見詰められたら、他のことなど耳には入らないだろう。
救いは、彼女が同年代の同性であるということか。
これが異性であれば平手打ち(左)の五発は飛び出ていただろう。


「ふーん……」


マジマジ。
品定めされているような視線──否、“ような”じゃない。
間違いなく品定めしている。
大きな目を眇めて見渡してくる少女を前に、リョーマはなんとなく居心地が悪くなる。
と、不意に赤茶色の瞳が琥珀を解放。
同時にクルリとその身が反転。
そして目の前に佇む白石へ、ビシリと人差し指を突き付けた。


「クーちゃん!あんたロリコンやったんか!」

「はぁ?なんや薮から棒に!」

「せやって見てみぃや!こん子どう見ても小学生やんか!」

「アホか!リョーマは自分とタメやタメ!」

「うっわホンマ?やっぱロリコンやん!」

「二個しか変わらんやろ!」

「二個もちゃうやんか!中一に手ェ出すなや」

「まだ手ェ出してへんわ!」

「誰がシモの話ゆうたんや!クーちゃんの下事情なんか聞いてへんわ!」


ぎゃいぎゃいぎゃーぎゃー。
玄関先で繰り広げられる兄妹喧嘩。
取り残された話題の中心であるリョーマは、ただ唖然と二人を眺めるよりない。
というか妹より兄のほうが劣勢な気がするのは気のせいだろうか。
それよりなによりリョーマには気にかかることが一つ。


「……俺ロリじゃないんだけど……」


小さな主張は友香里の放つ「絶頂しすぎや変態!」の言葉に弾かれた。






◆◇◆◇







リョーマが白石家に到着してからは、なんだかんだと慌ただしかった。
長男の恋人として夕食に招かれたリョーマは、白石の両親にもいたく気に入られた様子。
それは白石の恋人という立場としては嬉しいことではある。
が、白石の母には真顔で手を握られた上に三年経ったら嫁にこいとお言葉をいただいた。
白石の父に至っては孫は三人欲しいとリクエストまでくれた。
因みに理想は男・女・女がいいそうだ。
冗談なのか真剣なのか判断に苦しむが、予想以上の大歓迎を受けた事だけは理解できた。
そうして現在二階、蔵ノ介の部屋。
キシリと鳴いたスプリングの上、ほど良い弾力に揺られるリョーマの姿はベッドの上。
室内に人影は他になく、階下からは先まで食卓をともにしていた白石夫婦の談笑が聞こえてくる。
部屋の主である白石は、現在入浴中。
先に風呂を借りたリョーマは大人しく部屋の主を待つよりない。
幾ら傲岸不遜で名を馳せたリョーマといえど、初めて訪れた他人の家を探り回るほど不躾ではない。
殊、その家が恋人の家なら尚更だ。
借りてきた猫、とまで言わずとも腰掛けたベッドから周囲をキョロと見渡すのみ。
整然とした部屋。
ベッドと勉強机、そして部屋の隅には折り畳まれた健康グッズ。
健康グッズは誂えたように机と壁との間にピッタリ収まっており、無駄がない。
因みに先ほど覗いてみたベッドの下には手作りらしき収納スペースが。
覗いた理由は、推してしかるべし。
だが結果は僅かな予想を大いに裏切り、なんとも健全そのもの。
どうやら四天宝寺の聖書は整理整頓にも無駄がないらしい。


「……主婦か」


夜のお供どころか、隙間を余すところなく使う収納術。
そういえばこの手製ベッドタンス、いつぞやの特集番組で主婦に役立つ収納術やらなにやらで見た気がする。
赤子猿の面倒見のよさといい収納上手なところといい。
彼氏というよりは…………


「……嫁?」


物ぐさなリョーマと白石が並べば、白石のほうが圧倒的に甲斐甲斐しい。
比べるべくもない。
足の踏み場もない、とまではいかずとも基本的に出しっぱなしやりっぱなしが常なリョーマだ。
どちらのほうが家庭的であるかは論ずるまでもない。


「あぁ……嫁だ」

「誰が?」


先の呟きを再び咥内に返し、嚥下し直したところで。
カチャリと微かな金属の鳴き声を引き連れ、ドアが開く。
次いで滑り込んできた音は酷く耳に心地良い声音。


「お帰り」


白石の問いには答えず、代わりに出迎えの言葉で返答。

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