【Side 〜R〜】





全てはこの月のせいだと。
そう言えるだけの強さが、ほしかった。






◆◇◆◇







見上げた天井は、遥か彼方。
幾つも灯る照明は我が物顔でその明るさを主張するけれど、遠すぎるソレは頭上にすら届かない。
一際明るいシャンデリアは白く煌々と。
あぁ……と小さな吐息が漏れた。


「……だからか……」


無意識に漏れた言葉は、音になれたのかすら曖昧。
吹き抜ける温い風は、僅かな涼にもなりはしない。
揺れた黒髪が、夜闇を手招く。
遠いのに、眩しい。
見上げた光源はあまりにも淡くて、一番明るい彼の照明すら自らの周囲をジンワリと染めることしかしない。
なのに、瞼に掌を翳さなければ見る事ができない。
直視なんてできるものか。


「遠い……な……」


瞼に翳した手を外し、小さく巨大な光源に伸ばしてみる。
いっそこの目が焼かれてしまえばいいのに。
姿を晒すくせにけして触れさせてはくれない光源は、無様に足掻く少女を見下ろしたまま。
僅かの表情も変えることなく。
ただシンシンと。
自らの周囲を染め上げる。


「……ばーか」


猫の爪より僅かに肥え、三日月より少し細身。
鳶色をした怜悧な瞳と、それはどこか似ている気がした。













恙無く、日々は過ぎ行く。
彼の人が一人、いなくとも。
世界は常に無情で無関心。
優しい顔をして慈しみながらその実、些細な変化など微塵の興味も示さない。
本来なら全身を包むべき寝具に背を預け、瞬きを一つ。
数ヶ月前に比べて幾分涼しさを増した夜風に髪を遊ばれ、見上げた時計は深夜二時。
普段なら呼ばれずとも傍らで待機している夢路の案内人は、今日に限って早々に店じまい。
またのお越しをお待ちしております。
赤い髪をした野猿のイビキが子守唄では、暖簾をしまい込んだ睡魔は呼び出せそうにない。
湿り気のある温い風が頬を撫でる。
薄情な世界が見せるほんの僅かな優しさ。


「…………」


見渡した世界がどこかよそよそしい。
どこにもいない。
探しても、彼はこの視界には入らない。
遠い、海を隔てた地へと飛び立った。
別れの挨拶なんてものは何もない。
ただ、戻ってきた場所に、既に彼はいなかった。
何度も見渡して、何度も瞬いて、けれどやはり彼はいない。
戻ってきたばかりのクセに、また何処かへ消えた彼の人。


「…………」


黙然と睨み上げた窓の向こうに、淡々と灯る明かり。
寂しいんじゃない。
そもそもリョーマと彼──手塚は、そんな色艶ある関係などではない。
ただの好敵手。
追い詰める者と打ち払う者。
恋人などよりよほど苛烈で、よほど互いを知っている。
だから理解できる。
手塚のいないこの日常も。
手塚のいないこの空気も。
寂しいんじゃない。
それはただ、物足りないだけ。
あるはずの壁が見えない、些細な喪失感。


「……早く……──」


眠れないのは、なんのせい?






◆◇◆◇







月が明るいからだよ。
そう言って笑ってしまえば、楽だったのに。
戻っては消える君は、いつもこの手の遥か彼方。
明日もどうやら、眠れそうにない。




【Side 〜R〜】
-END-


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