また一つ年は巡り。
新たな暦が廻りくる。
厳かな鐘の音とともに。






◆◇◆◇







百八の鐘の音が鳴り響き、新たな年が訪れた。
そこかしこに上がる歓声、祝賀の声。
新たな年の訪れに期待と希望を胸に、人々は喜びはしゃぐ。


「…………」


そんな渦中。
年明けとともにいの一番に参拝すべしと初詣にごった返す神社の境内に、一際空気にそぐわぬ少女が一人。
引き結ばれた唇は真一文字。
大きな琥珀の瞳は半ばまで引き下ろされ、ジトリと湿っている。
不機嫌も露骨な顔を晒す少女は一人、正していた足を盛大に崩した。


「……ホント有り得ない」


参拝にと集い集った参拝客が織り成す長蛇の列。
その横ッ腹を据わった瞳で睨めつけながら、リョーマの唇が低い低い悪態を吐き出した。


「随分と景気の悪い神社だな」

「……くんなっつったじゃん」


完全な独り言を零したリョーマだったが、酷く間近から思わぬ返答。
舌打ちを零さんばかりの形相で音源を追ってみれば、リョーマの座る座敷、その目の前の外壁に寄り掛かる男。
苦虫を尋常でない数噛み潰したかのような顔でそれを睨み、吐き出された悪態。
同時にシャラリと鳴る髪飾り。


「そんな顔の巫女がいたのでは、ご利益など期待できんだろうな」


サラリと、開け放しの窓から吹き込む新春の風が、少女の黒髪を揺らす。
シャラリと再び鳴った音は、射干玉に飾られた水晶の三連髪飾り。
再び盛大に顔を歪めた少女が纏うのは、白の小袖に朱の切袴。
所謂、巫女装束。


「最初から神様とかご利益とか期待してないくせに。ってか嫌み?嫌みだよね?喧嘩?五割引きで買うよ?」


不機嫌も最高潮に。
矢継ぎ早に恋人である男へ八つ当たる様は、相当に虫の居所が悪いらしいことが見て取れる。
それもそのはず。


「だいたい、なんで新年早々アルバイト?っつか俺中学生なんだけど。なに考えてんのあのクソ親父。帰ったら覚えてろ」


リョーマが巫女装束に身を包んでいるのは何もそのような趣味趣向があるわけではなく。
彼女の父・南次郎による災厄だった。
大晦日を迎えるや否や、南次郎がぶち落とした爆弾。
曰く、『知り合いがお守りの売り子がいなくて困ってたから一日だけバイトをしてこい』と。しかもそれを告げられたのは昼の食卓で。
だらしなく開いた胸元をガリガリと掻きながら。
あまりにもアッサリと。
そうして呆気に取られるリョーマを尻目に南次郎はさっさと話を進め、呆れ顔の倫子も何故か手には鮮やかな巫女装束を持っていて。
あれよあれよという間に流れ流され、現在リョーマは此処にいる。
お守りや破魔矢を販売する小屋の、窓際に。


「ホント有り得ない。俺の予定はどうなんの。クソ親父……エロ本全部焼き芋にしてやるからな……」


ブチブチと収まり切らぬ怒りと不満を零し続ける少女に、男が一つ瞳を細めた。
今でこそ不平不満に顔を歪めてはいるが、元より顔立ちの愛らしい少女だ。
ただ小屋に座しているだけで絵になろうというもの。
それも巫女装束を纏い、髪飾りや薄い化粧まで施されているのだから尚更。
普段の男勝りな少女からは想像だに出来ない清廉な出で立ちは、男──手塚の瞳を眇めさせる。
参列を進む男たちの数人がリョーマを振り向き、やいやいと騒ぎ立てている事など少女には知る由もないのだろうけれど。


「おい」

「──なに」


手塚の短い呼び掛けに応えはしたものの、その音は酷く不機嫌も如実なもの。
そのあまりにあからさまな態度へ、手塚の喉が小さく笑いを噛んだ事を、リョーマは知らない。
手塚の背が小屋の外壁を離れ、お守りの受け渡し口である窓枠の上に腕を乗せる。
訝しげに見上げてくる琥珀が酷く愛らしく見えて、フと薄い唇が持ち上がった。


「早く終わらせてこい」


そうして、一言。
短い一言だけを言い捨てて、手塚の姿が小屋を離れる。
取り残されたリョーマはと言えば、唖然と見開いた目を手塚がいた空間に注ぐだけ。
そうして、暫く。


「……たっぷり奢らせてやる」


漸く回復したリョーマが零したのは、そんな台詞。
しかし不穏な言葉と裏腹に、その顔に浮かぶのは笑み。
クスクスとこぼれ落ちる笑い声は、邪気祓えの鈴を揺らすような涼やかさ。


「誘うならもっと上手い誘い文句持って来いっての」


手塚の消えた方角に視線を滑らせ、悪態を一つ。
と、参拝を終えた客達がリョーマの座す小屋へと近付く気配。
フゥと吐き出した息は細く。
そして、ゆるりと開かれた瞳は鮮烈な清廉さを宿して。


「明けましておめでとうございます」


並び出した客足たちへ、静かに笑む。






◆◇◆◇







行く年来る年廻る年。
幾度となく(まみ)える同じはずのモノは、些細な事で変容する。
新たな年の幕開けに、新たな君の一面を。

──艶やかな君の清廉な佇まいが

──完璧な君が見せた不器用な激励と誘いが

今年初めのお年玉。




-END-


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