一年に一度。
誰にでもある有り触れた記念日。






◆◇◆◇







『は?明日?』


携帯の受話器越しに聞こえる声は、酷く間の抜けた様相。
鼓膜の間近に聞こえた機械が発した恋人の言葉に、跡部は隠す事もなく眉根を寄せた。


「『は?』じゃねぇだろ」


予想していなかったわけではない。
しかしあまりにもあまりな恋人の反応は、したたかに跡部の機嫌を降下させた。
本日10月2日。
跡部は明後日、めでたく18回目の誕生日を迎える。
電話の相手であり恋人であるリョーマと迎えるその日は、今年で三回目になる。
が、このリョーマという少女、一筋縄ではいかない。
去年も一昨年も、彼女は見事に跡部の誕生日をすっぽかしてくれた。
否、すっぽかしただけならまだいい。
誕生日すらも記憶していなかったのだ。
仮にも彼氏の誕生日だというのに、だ。
だからこそ今年こそは、と先手を打った跡部が自らリョーマへと話題を振った。
明日、跡部家にて誕生日パーティが開かれると。
しかしながら、流石は破天荒を地でいくリョーマのこと。
素っ頓狂な声を漏らしたかと思えば、不機嫌もあらわな跡部に対して、一言。


『あぁ。アンタ明後日誕生日なんだっけ。オメデト』

「…………」


興味も感動も微塵すら存在なく。
教科書の朗読よろしく、型通りに過ぎる祝いの言葉に跡部はただ眉を寄せて閉口するしかない。


『あぁそうそう。ちなみに俺、明日用事入ってるから』

「あぁ!?」


そして更にはあっさりと不参加宣言。
思わず声を荒げれば、受話器の向こうから独特の鳴き声が。


『あ、カル。飯?……はいはい。ってわけだから。じゃ』

「おいテメッ!」


ホァラーと鳴く声が聞こえたかと思えば、跡部の反論も聞かずにプツリ。
切断された回線が無機質な発信音を伝えて、跡部の眉がありありとした不機嫌を描いた。


「あの野郎……今度覚えてやがれ……」


唸る声は無人の自室に虚しく響いただけ。
日付は、既に新しい数字に入れ代わった。













10月3日。
都内有数の高級ホテルに於いて、跡部財閥主催のパーティが開かれた。
名目は、嫡男・景吾の誕生祝い。
日本国内の名だたる著名人のみならず国外の要人なども招かれ、盛大な祝いの席となった。
その中心となるのは、パーティの主役である跡部景吾。
艶やかな銀髪を撫で付け、身に纏うのはジョルジオ・アルマーニのグレースーツ。
シャンパンを片手に優美な美貌を笑みに彩る様は、流石は世界有数の財閥家の御曹司。
滲み出る高貴な雰囲気とその優雅な所作は見るものの溜息を誘う。
鮮やかなドレスを纏う女性のいったい何人がその仕種に見惚れたか解らない。
しかし、羨望と感嘆を注がれる跡部の心境は──お世辞にも穏やかとは言い難い。


──くっそ……あの野郎……


麗しい笑顔で降り注ぐ祝福の賛辞へ礼を返しながら、跡部の腹には灼熱の怒りがグラグラと煮えていた。
その理由は、たった一つ。


──仮にも恋人の誕生日だぞ。っつーより誕生日だっつーのに会いにもこねぇつもりかよ


昨夜の電話から一切の連絡を寄越さないリョーマに対して。
誕生日は祝われるべきイベント。
本来ならこんな見も知らない人々相手に営業スマイルを振り撒くより、恋人と二人きりで過ごすもの。
けれど立場的にそれは不可能だと理解しているから、だからせめてとパーティに招待しようと思っていたのに。


──あンのアマ……!


昨夜、電話が切れてから何度かけ直しても回線は繋がらず、音信不通。
携帯の存在を失念する事の多いリョーマの事、おおかた充電を忘れて電源が落ちたのだろうが。
何もこんな大事な日に忘れずともいいだろうと思うのだ。


「景吾さん。18歳のお誕生日、おめでとうございます」

「ありがとうございます」


笑顔を貼り付けたままに腹の内を沸騰させる跡部の元に、新たな賛辞が降り注いだ。
この数時間で聞き飽きたフレーズに振り向いて、これまた言い飽きた台詞を返せば声の主が目に留まった。
そして、内心に舌打ち。


「お久しぶりです」

「えぇ。美鈴嬢もお変わりなく」


茶色く染め上げられた髪が緩やかなウェーブを描き、剥き出しの肩を覆う。
黒のスリットドレスを纏う女の名は芹澤美鈴。
政界官僚の娘だ。
そして、跡部が最も嫌うタイプの女。


「まぁ。そのように他人行儀な。美鈴で構いませんわ」

「ありがとうございます。ですが、そのような不敬を働けば芹澤先生にお叱りを受けてしまいますから」

「構いませんわ。パパも景吾さんならと許してくださいますもの」

「勿体ないお言葉です」


やんわりと距離を保とうとする跡部に気付いているのかいないのか。
美鈴は跡部の傍らにズカズカと歩み寄り、その腕に身を寄せて来る。
これみよがしに胸を押し当てながら。
父に権力があるが故、自らに根拠のない絶対の自信を抱いている無能者。
それが、跡部が何より嫌悪する人種だ。
地位や権力は実力があって初めて確立するものであり、他人から受け継ぐ事など不可能に等しいと、跡部は知っている。
例え形を受け継いだとて能力がなければ維持する事はできない。
だというのに、この美鈴という女はどうか。
父が権力者というだけで自らにも権力があると盛大な思い違いをした挙げ句、跡部が己に堕ちないはずがないと有り得ない自信を胸に迫って来る。
跡部にとって美鈴は害虫と同等の、嫌悪の対象だ。


「美鈴嬢。申し訳ありません。アチラにもご挨拶がありますもので……」

「あら。そんなもの、あとでもいいじゃありませんか。もう少しお話いたしましょ?」


押し付けられた胸とキツ過ぎる香水への嫌悪感に顔を歪めぬよう気を配りつつやんわりと腕を解こうと試みるが、美鈴は捕えた腕を更に胸へ押し付けてくる。
気を抜けば舌打ちしたくなる苛立ち。
だが無体に振り解く事はできない。
美鈴自体がどんなに無能であれ、このパーティには彼女の父もいるのだ。
“跡部”の名を背にした跡部が無粋な真似をする事は避けなければならない
それでもこのままでいる事は跡部の精神衛生上非常によろしくない。
なんとか美鈴を引き離そうと再び何かしらの逃げ文句を発しようと笑みを描く唇を開いた、刹那。


「──ねぇ」


跡部の背に、艶やかなアルトヴォイスが染み渡った。


「せっかく来てあげたのに挨拶もなし?随分だね、アンタ」

「っ……」


尊大な物言い。
高飛車な声音。
耳に馴染み過ぎたソレを、跡部が間違えるはずもない。
息を飲み、ゆっくりと顔を揺らめかせる。


「……リョー……マ……?」

「他の誰に見えんの?」


巡らせた視線の先。
認めたのは、艶やかな装いの一人の少女。
ライトブルーのサテンドレスを纏い、純白のショールから華奢な肩が覗く。
漆黒の黒髪には控え目な白い薔薇のコサージュ。
誰もが見惚れる程に愛らしく、そして麗しい少女がそこにいた。
そしてそれこそが、跡部が求めて止まなかった恋人リョーマであることは、疑い無く。
いるはずのない恋人の登場に、跡部の脳が一瞬その行動を止めた。


「景吾さん?どなた?」


不愉快げに片眉を跳ね上げた美鈴が、リョーマを睨んだ。
跡部との仲を邪魔された事に機嫌を損ねたのだろう。
明かな不愉快を音に篭めた問いは、しかしリョーマの唇に鮮やかな笑みを刻んだ。
そしてサラリと黒髪を揺らし、傾けられた愛らしい容貌が告げる勝利宣言。


「ん?景の恋人。一応三年目のね」

「なっ!」


クスリと零れた笑み。
告げられた言葉に、美鈴の顔が一気に色を失った。
怒りか驚愕か落胆か。
赤に青に色を変える美鈴を横目に、リョーマの手が跡部の腕を引いた。


「ほら。行くよ」

「あぁ?」


美鈴がリョーマの言葉へ何かしらの衝撃を受け、跡部の拘束が弱まった。
引かれるがまま跡部がリョーマに続けば、スルリとすり抜ける腕。
どうやらリョーマの言葉の効果は絶大だったようだ。
胸の透く思いで跡部が溜飲を下げる。
そうして、引かれるままにリョーマの後を歩く。
何処へ向かうつもりかは知らないが、目当ての食べ物でもあったのだろうと見当付けた。
──しかし。


「……おい……?」


リョーマが向かう先には──ステージ。
スピーチを行う為に設置されたスタンドマイクがポツリと佇み、色とりどりの花が飾り付けられたそこ。
疑念を口にする跡部に構う事なく、その腕を引いたままリョーマ足は迷いなくステージを上る。


「お前、何する気だ?」


流石に訝しく眉を寄せ始めた跡部が前を行く華奢な背を睨めば、一度リョーマが振り向いた。
そして、ニヤリと悪辣な笑み。

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