少女は、ただ怯えていた。
白いワンピースに包まれた華奢な体躯を精一杯に縮こまらせ、溢れ続ける涙が柔らかな頬を滑り落ちていく。
震えるその体が哀切を呼び、微かに聞こえる嗚咽は少女の愛らしい目元を悲痛に赤く染めた。

──キィ……

開く音。

──コツ……コツ……

近付く音。
少女の容貌が、いっそう深く膝に埋まった。

──コツ……

音が止まる。
フルフルと震える少女を見下ろす、視線。
沈黙。
膠着。

──シュル

きぬ擦れ。
見下ろす視線が、消えた。
替わりに、目の前から突き刺さる眼光。
視線は、先よりずっと間近に。
そして。


「ゃッ」


か細い悲鳴とともに、少女の顎が捕われた。
大きな、冷たい男の手に。
切れ長の瞳、酷薄な唇、美しい鳶色の髪。
見惚れる程の美丈夫。
その手に捕われた少女は、大きな琥珀からハラハラと涙を零し続ける。
絶え間無い、恐怖ゆえに。
男は、ただ見詰める。
少女の震える身を前に。
手を差し延べる事もなく。
そうして男は、冷え冷えと命ずるのだ。
怯え震える少女に。
低く、冷酷なまでに。


「──(うた)え」


少女の肩が、大きく震えた。
カタカタと小刻みに震える四肢。
捕われたまま、少女はただ涙を散らす。
男の望みを聞いて──否、知っていたからこそ、少女は拒絶を飲み込む。
そのために、少女は“ココ”にいるのだ。
けれど、涙に飲み込まれた声帯は思うような機能を果たしてはくれない。
ハラハラと散る雫。
力無く振るわれた首は、不可能を示す合図。
サラサラと鳴る艶やかな黒髪。
男の眉が、ピクリと跳ねた。


「俺は、唱えと言ったはずだ」

「あッ」


少女の身が、フワリと一瞬の浮遊。
瞬間、背に走る衝撃。
傍らに佇んでいたはずのベッドは、今や少女の体を支える。
頭上には、冷酷なまでに美しい男。


「……鳴かないカナリアは、必要ない」


耳朶に吹き込まれた低く蕩けそうな美声。
四肢を搦め捕る甘美な響きは、しかし少女の瞳に更なる悲痛を纏わせる。
男の眼下に捕われたまま、少女の細い両手が哀咽に咽ぶ容貌を覆い隠した。






◆◇◆◇






纏わされていた白いワンピースは、既に布キレ。
身に纏うものは何もなく、少女は涙を零しながら揺らされるだけ。


「やッ、あっあっ……ぁっンんッ!」


男の体を押し退けようと伸ばされた細い腕は、強すぎる刺激の前では男に縋るしか出来ない。
逞しい肩に立てた爪。
胎内を暴き立てる“男”がいっそう強く奥を抉った。


「ひッや、ァ……んッ」


抵抗の術など、とうになく。
少女にできる事は涙ながらに拒絶を紡ぐのみ。
──男がそれを聞き入れた事など、一度としてないけれど。


「ィ……や……いやァ……」


しゃくり上げるような泣き声を上げても、男の力の前には全てが無力。
頭上に一纏めに捕われた両手は、既に縋る事も許されない。
時折熱を宿した吐息を零すだけの男。
そして熱情と冷徹な視線を突き刺す瞳。
少女に逃れる術など──あるはずもない。


「あッやァッ!やッいやぁ!あッあッあァッ」


途端、激しく揺さぶられ少女の身が跳ねた。
嬲るように緩慢な動きは、瞬く間に高めるための性戯に。
高くなる悲鳴。
赤く染まる目尻が女悦と苦痛に染まった。
逃れるように捩られた指先は、ただシーツを掻いただけ。


「いやぁッ!……か……まぁ……!」


子供のように首を振るえば、流れる涙がパタパタと散った。
男の名を乗せようとした唇は、胎内を踏み荒らす“男”に飲み込まれ浅ましい音しか発しない。


「いやッいやぁ!」


何が嫌なのか、自分ですら理解の及ばぬまま拒絶を吐く。
けれど、それすらも男を愉しませるだけなのだけれど。
男の薄い唇が、グッと一瞬引き結ばれた。


「あッあァ─────ッ」


瞬間、最奥に叩き付けられた熱さ。
男の生殖能力の高さを雄弁に語るソレが叩き付ける遺伝子の奔流。
跳ね上がった華奢な四肢が、“男”による絶頂を迎える。


「あ……ん……」


絶頂に弛緩した四肢。
白く細い四肢が、余韻に震えては長くたわわな睫毛の合間から新たな雫を零した。
ヒクリ、ヒクリと震える。
涙にけぶる瞳は凄絶な色香を纏い、シーツの海に沈んだ。
男は乱れた吐息を繰り返し、しどけなく身を投げ出す少女を見下ろす。
そこに微塵の温かさも存在しはしない。
捕えた獲物を前に牙を舐める補食者によく似ている。
男の手が、甘やかに喘ぐ少女の喉を捕えた。


「囀らないカナリアは、無用の長物だ」


圧迫される気道の下、少女が苦しげに涙を零した。
男の瞳は微塵の慈愛も宿さず、少女を貫く。


「貴様はただ俺(主人)が望むだけ囀ればいい」


男の手が離れ、少女の苦しげな咳が満ちる。
冴え冴えとした鳶色が、ただそれを睥睨した。
少女に許されるのは、涙を零すことだけ。
そして──男の望む声で、囀ることだけ。


「いいな」


小刻みな震えと咳を繰り返す少女の体を再び組み伏せ、男がその美貌を細める。
ゆるゆると再開された性戯に、少女の華奢な体がフルリと震えた。


「てづか……さま……」


男の名を呼べど、応えはなく。
響くのは、悲しげな小鳥の泣き声だけ。













とてもとても狭い世界。
鉄格子によって作られた檻。
丸く囲む格子が頭上で緩やかに集束していく。
そうそれは、人が十人ほどは入れるだろう巨大な鳥籠。
中に備えられたものは、真っ白なベッドのみ。
それが、少女の世界。
主人たる男が訪れなければ、鳥籠は真っ白な布に覆われ外界を遮断される。
籠から垂れ下がる照明が、少女の唯一と言える明かり。
囚われたのは、いつの頃だっただろう。


「──────」


少女は、歌う。
美しく、誰をも魅了して止まぬ、無二の歌声で。
閉じた鳥籠の中、少女に許された自由はただそれだけ。
そしてそれこそが少女が囚われた理由。
主人たる男は、少女に歌い続けよと命じる。
そして少女には、その命に逆らうことなど不可能だった。
──そう、唱い続けなければならない。
主人の望む歌を。
主人の望むままに。
鳥籠に囚われた美歌鳥(カナリア)として。


「誰か……──」


──俺の名を呼んで──


忘れてしまう、その前に。
悲しげな歌は、籠の中。
人の名を奪われた少女は、ただ嘆くことしか出来ない。






◆◇◆◇







大国・ファーレン。
若き王により目覚ましい発展を遂げた大国。
隣国・アイルス。
艶やかな美貌の王が治める豊かな地。
世界に名を轟かせる二大国が同盟に乗り出したと、まことしやかに囁かれ始めた昨今。
渦中の人──アイルス王は馬車の中。
向かう先は、大国ファーレン。
そして、巡る運命は一羽の小鳥の元に。


「ファーレンか……。現王の名は手塚、だったな」

「せや。失礼ないようしてや?」

「誰に言ってやがる。アーン?」


馬車はガラガラとけたたましい音を響かせて、走る。




そして、哀切を紡ぐ歌が始まる────。




-END-


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