それは、この男の一言から始まった。


「暇だな」


広すぎる生徒会室の奥。
巨大なデスクに悠然と構えた男、手塚国光。
腕と足を組み、至極詰まらなそうに窓の外へ視線を投げている。


「……不二。今すぐに俺を楽しませろ。弾け飛ぶでもしてな」

「えぇ?弾け飛ぶなら僕より忍足君の方が得意だよ。いつもの事だし」

「ちょぉ待ち。いつ俺が弾け飛んだん」


手塚の命令に対し、ニコやかな笑顔で隣を振り向いた不二へ、忍足の反論。
しかし、不二は笑顔のまま。


「いいじゃないちょっとくらい弾け飛んでも。ケチケチしないで」

「弾け飛ぶんにちょっともいっぱいもあるかい」


ビシリと飛んだ忍足の裏拳。
しかし、あっさりと避けた不二は変わらない笑顔。
むしろ手塚へ向けて同意を求める視線なんかを送っていたりして。


「忍足でも構わん。さっさと弾けろ」

「命令?それ命令なん!?無茶言いな」

「さぁさ、忍足君。会長の命令は絶対です」

「観念しんしゃい」

「出来るかボケ!」


不二に便乗して更に柳生と仁王までが迫ってくる。
ツッコミながら窓際に逃げ込む忍足。
と、同時に。
パチン、と高らかな音が。


「行け、樺地」

「ウス」

「ウスやないわ!ってちょお待ち!ここ五階や五階!落ちたら死ぬ!ホンマ死ぬて!っちゅうか弾け飛ばなアカンのとちゃうん!?転落死したかて弾けへんて!むしろ潰れるわアホ!」


跡部の合図にヌッと現れた樺地が、忍足を小脇に抱えて窓の外へ。
必死に言い募る忍足を、しかし樺地には馬の耳に念仏。
眺めていた面々も、気が付けば既に談笑に耽っていて。
忍足に視線を向ける者もいない。
そして。


「ちょっ!なっ!んなアホなぁぁぁぁぁぁっ!」


捨てられた。
ポイと。
窓の外に。
叫びが尾を引きながら、忍足の姿は窓の向こうに消えた。


「ところで手塚。何か新しい催しでもするのか?」


パラリと帳簿を捲りながら手塚を仰いだのは、柳蓮二。
生徒会会計を勤める男だ。


「今度は何を行うつもりだ。よもやまたも荒稽無唐な事を言い出すつもりではあるまいな」


眉間を皺立て、組んだ腕の上で手塚を睨み据えるは、真田弦一郎。
生徒会書記を勤める。


「せやなぁ。前回は『ドッキドキ☆お宝ザクザク デッド・オア・アライブ!』やったからなぁ」


頬杖を付く白石が、さして興味もなさそうに前回の催し物のタイトルを口にする。
ポップなタイトルではあるが、前回の催し物の内容は凄まじい物である。
校内のどこかに隠された時価数億円のダイヤを探すというゲームであるが、それを妨害する者としてプロのSPや特殊部隊のSATが百人近く導入された。
妨害者たちは一様に銃を持っており、まさに命懸けの宝探しゲームである。
とは言っても銃は実弾ではなくゴムボール。
死ぬことはない。
ただし、時速数十キロで発射されるソレに当たれば、普通は気絶する。
しかもとてつもなく痛い。
因みに、催し物のタイトルを付けるのは専ら不二と幸村。
二人のネーミングセンスにより、地獄絵図さながらのゲームも寒々しいまでにポップな印象になるのだから流石だ。


「俺としてはバンジーが見たい所だな。紐無しの」

「フフ。幸村?それなら今忍足君がやってくれたじゃない」

「そうだったか?俺とした事が、楽しい瞬間を見逃してしまったよ。残念だな」

「幸村ってばウッカリさんだねぇ」


クスクスと微笑み合う不二と幸村。
華やかな筈なのに何処か近寄り難いのは、二人の発する空気のせいか。


「皆さん、お茶が入りましたよ」


と、ヒョコリと部屋脇の扉からリョーマが顔を出す。
手には銀細工のワゴン。
そこには豪奢なティー・カップとティー・ポット。
スコーンやパイなどの色とりどりの菓子。
ガラガラとワゴンを押してくるリョーマに、ソファに腰を落としていた柳生が立ち上がった。


「手伝いましょう」

「あ、いえ。大丈夫ですよ」

「いいえ。貴女のような美しい方に給仕をさせるなど、心苦しいですから」

「そ、そんな……」


柳生がリョーマの手を掬い上げ、慇懃に一礼すればリョーマの白い頬にフワリと朱が差し込む。
甘やかな微笑を添えてソッと柳生がリョーマの手からワゴンを受け取り、デスクの群れへと押していく。
ティー・タイム用の丸テーブルへとタルトやスコーンを並べていけば、香ばしい香りが鼻孔を擽った。


「んー。相変わらずリョーマの菓子は美味そうやの」

「ありがとうございます。仁王先輩」


カタリと席に付いた仁王がリョーマの腰を抱き留めれば、擽ったそうにリョーマがはにかむ。
並べられた菓子は、スコーンにベリータルト、ダークチェリーパイ。
鮮やかな彩りと芳醇な香の菓子たちは、全てリョーマの手製。
それも生徒会室の隣に作られた専用キッチンで、今し方焼き上げたばかりの出来立てだ。
甘い物が苦手という者が多い生徒会面々のために甘さは控えめ、フルーツの酸味を活かした特製だ。


「やっぱり俺様の女になるならこれぐらい出来る女じゃねぇとなぁ。なぁリョーマ」


コポコポと音を立てて注がれる紅茶は、上質なアールグレイ。
淹れ方一つにまで拘った紅茶は、まさに絶品だ。
跡部が満足げに頷きながら前に置かれたティー・カップとともにリョーマの腕を掴む。
そのまま指を滑らせて二の腕、袖から潜り込ませた指で肩を撫で上げれば、ピクッと敏感に華奢な身体が震えた。
と。


──ゴッ!


「あっ、ゴメンね?跡部。僕、手が滑っちゃった」

「ハハ。不二もウッカリさんだな」


突然跡部の後頭部を襲った鈍痛。
そこには、美術室でお馴染みの男の上半身を象った彫刻。
なぜそんなものがココにあるのかと疑問が浮かぶ。
だがしかし、それを行ったのが不二、もしくは幸村というだけで至極納得出来てしまう。
むしろ聞いてはいけない。
人間ではない存在──魔界の住人に常識を求めてはいけない。
よって、オロオロと慌てるリョーマを宥め、跡部の死体は部屋の隅に放り捨てる事にする。
余談だが、跡部に激突した彫刻の頭の部分は見事に粉砕されていた。
どれだけの力を篭めて投げられたのかは、想像に難くない。


「……あれ?そういえば忍足先輩は?姿が見えないんですが……」

「あぁ。忍足ならば散歩に出た」

「?散歩……ですか?」

「あぁ。空の散歩だ」

「???」


キョロキョロと見渡すリョーマの肩を叩き、答えたのは柳。
あながち間違った答えでもない。
確かに散歩をしているだろう。
地上五階から地表までの距離を。
本人の意思に関係なく。
不思議そうに首を傾げるリョーマだが、一応納得したのかコクリと頷く。


「……それより、何かいい案はないのか貴様ら。無能が」


舌打ちでも混じり兼ねない風情で吐き捨てる手塚の声。
リョーマが注いだ紅茶を啜り、当然その隣にはリョーマの姿。
腰を抱き寄せながら、時折悪戯に太股や腰のラインをなぞるセクハラも忘れずに。


「そう言われてものぅ」

「突然には浮かびませんよ」

「貴様には計画性というものが見られん。全くけしからんな、手塚よ」

「真田。俺に意見をしたいならば何か一つでも俺を上回ってから言え。負け犬の遠吠えにしか聞こえんぞ」

「グッ……」


不平を口にする真田を嘲笑に捩伏せ、手塚がリョーマを膝に招く。
ふっくらとした唇を指先で遊びながら生徒会メンバー(二名欠員)を順に見渡す。
何か面白い事をしろと視線に篭めながら。


「あ、せやったらこんなんどないや?」


フォークを片手に、白石がニコリと微笑む。
視線が白石へと集まれば、楽しげに不二と幸村を見渡して。
ベリータルトを一口、口へと放り込んだ。


「幸村と不二もおるし。ちょうどえぇと思うで?」

「俺と不二?」

「僕たち?」


ニヤリと笑う白石に、幸村と不二を始め、幾つもの人間が怪訝に眉を寄せた。






その一時間後。
三階付近に伸びた木の枝に、眼鏡を掛けた人間がプラプラと引っ掛かっているのが発見された。













ポンポンと間の抜けた破裂音が校舎上空に響く。
その軽やかな花火の音は、キングダムによる世にも恐ろしい大会が行われる前兆。
瞬間、そこかしこの教室から悲鳴や絶叫が木霊した。
キングダムによる恐怖の催し物が、再び開催されたのだと。


『やぁ。愚民諸君。生徒会副会長の幸村だ』


突然、各教室に備え付けられた大型モニターに、優美な微笑みを浮かべた青年が映り込んだ。
途端に、震え上がる生徒たち。
この学園に姫が現れてコチラ、キングダムの暴挙は確かに鎮まりつつあった。
しかし、完全ではなく。
前より頻度は少なくなったものの、地獄のイベントは開かれるのだ。
今度はどんな内容なのか。

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