「これで、いいかな」


入口に立ち、腰に手を宛がった不二が満足げな声を上げた。
眼前にあるのは、何処ぞのコンサート会場さながらのステージ。


「跡部君。照明機具、揃った?」

「あぁ。スタッフも揃ったぜ」

「柳君。マイク何本?」

「十二本だ。問題ない」

「仁王君。音響設備、どう?」

「問題ないぜよ」

「忍足君。演出関係ってどうなってるか解る?」

「揃っとるみたいやで。跡部が頼んだモンはみぃんな来とるし」

「よし。じゃあ完了だね」


各々に確認を終えた不二が満足げに息を吐く。
クルリと踵を返した彼に続き、作業の確認に赴いていた面々も不二の背を追う。
向かうは校舎五階、生徒会室。


「手塚ー。準備出来たみたいだよ」


校舎最上階に位置する生徒会室は、五階のほぼ全域を占める規模。
階段、または直通エレベーターを使用すれば十歩程で入口に到着する。
校内にあるには不釣り合いに過ぎる豪奢にして重厚な扉。
それが、生徒会室の入口だ。
キィと甲高い抗議を叫んだ扉を押し開けた不二が室内に踏み込む。
そして、ビシッと額を引き攣らせた。


「ゃ……ッん……」


広大過ぎる生徒会室。
その一番奥、会長専用の巨大デスクに。
愛らしく艶かしい声が上がった。
会長デスクに備え付けられたチェアにドカリと腰を下ろしているのは、この学園のキングと名高い男──手塚国光。
理知的なノンフレーム眼鏡に覆われた切れ長の怜悧な瞳は、酷薄にして鋭利。
……それはいい。
問題は、その膝の上だ。
気怠げに組まれた長い脚を跨がされ、長い黒髪を背に流したまま肩を震わせる少女。
愛らしい頬は薄紅に染まり、長い睫毛に縁取られた瞳もフルフルと切なげに震えて。
逞しい手塚の肩に押し付けられた額の下から漏れ聞こえる吐息は甘く、扇情的。
その少女が纏うセーラー服の胸元には何かが蠢き、剥き出しの太股は手塚の手によって弄ばれている。
必死に声を抑えんと震える少女は、越前リョーマ。
学園きっての美少女と名高き彼女だ。


「んッ……んんッ」

「相変わらずの淫乱ぶりだな。胸だけでこれか」

「ゃッ……触っちゃ……ぁンッ!」


セーラー服に潜り込ませた手塚の掌が小振りな胸を揉んでやれば、華奢な体躯が羞恥と悦楽に身悶えた。
揶揄とともに太股を嬲る指先がスカートの中へと忍び込んで。
リョーマの頬に一層の朱が差し込み、淫蕩に蕩けた瞳が得も言えぬ色香を宿して揺れた。


「……手塚ァ……君ねぇ……」


しかし、恋人とのスキンシップ──というには些か卑猥に過ぎるが──を楽しむ二人を余所に、予期せずそんな光景を見せ付けられる事となったメンバーたちは堪ったものじゃない。
フルフルと拳を握る不二を筆頭に、青筋を立てたり眼鏡を逆光させたり包帯を緩め始めたりと反応は様々。
しかし浮かぶ感情に関していえば、皆見事な一致を見せた。
そして。


「人に仕事押し付けて何してやがんだテメーッ!!」

「捌くで自分」

「プリッ」

「……予想通りではあるが、些か腹に据え兼ねるな」

「自分、シメたろか?」


甘ったるい空気をぶち破る怒声が、異口同音に轟いた。
怒髪天を衝かんばかりのソレを耳に、ビクリと華奢な肩を震わせたリョーマが潤みきった瞳を弾き上げる。
が、リョーマに悪戯を働いていた当の本人たる手塚はチラリと視線をくれたのみ。
そして、発された言葉は。


「見て解らんのか莫迦が。邪魔だ。失せろ」


ブチィと。
幾つもの野太い糸がはち切れた。


「ぶっ殺す……!」


呻いた跡部がポキポキと関節を鳴らせば、五人が後に続いた。
しかし手塚も去る物。
動じるどころかリョーマを嬲る手を更に際どくし始めて。


「ゃぁ……!」


他者に見られる羞恥と突然の刺激にか細い悲鳴が上がった。
大きな琥珀の瞳をキュッと瞑り、切なげに眉を寄せてはチェリーピンクの唇から甘やかな吐息を吐く。
今にも手塚を殴り殺さんばかりの面々だったが、殺人的な愛らしさと色香を振り撒くリョーマを前に、猛進の脚も止まり。
艶かしく撓う肢体を眼福とばかりに眺める始末。
手塚に対する怒りなど既に彼岸の彼方。
結局は皆リョーマに甘く、そして彼等も立派な男ということ。
そしてそれを理解した上で彼等全てを掌に転がす手塚という男が、したたかに過ぎるという事だ。













「それで。首尾は」


クッタリと肩に凭れてくるリョーマを無造作に左手で支えながら、手塚が問うたのは不二。
重たげに瞬きを繰り返すリョーマの髪を手慰みに梳き傲然と言い放つ様は不二に僅かなりの反感を抱かせたが、そこは手塚を熟知した幼馴染み。
沸き上がる百万語を飲み込み、盛大な溜息。


「完了したよ」

「やっとか」


フンと鼻を鳴らした手塚に跡部が思わず拳を握ったが、致し方ないと言えよう。
この手塚という男。
企画は立てても準備は丸投げ。
しかもその企画力は抜群で、適材適所の人選は勿論、スケジュールまでが見事なのだから始末に悪い。
しっかりと手塚本人を除いたスケジュールになっている辺りに不満は沸くが、しかし。
実行可能な──それも非の打ち所の皆無な物を仕上げてくれるのだから、文句の付けようがないのだ。
流石はキング、傍若無人を地で行く男である。


「終わったならさっさと始めろ」

「ン……」


抱えたリョーマの閉じた脚を一度撫で、視線は飽く迄不二たちへ。
ピクンと敏感に震えた少女を横目に、手塚の身がチェアから離れた。


「言い出したのは貴様だ。跡部。さっさと始めろ」

「暇だっつったのはテメェだろうが!」


無遠慮にしなだれ掛かるリョーマを片手に抱えた手塚の台詞へ、跡部の叫び。
しかしそれも手塚の歯牙にも掛かる事なく。
フンと零された嘲笑とともに隣室に続く扉に弾かれた。
隣室は、キングダム専用のベッドルーム。
手塚が何をしに向かったのかなど、誰に聞かずとも明々白々。
そう、ナニだ。


「アイツ……ぜってぇいつかぶっ殺す……」

「協力したるで、跡部」

「工作作業なら任せんしゃい」

「呪いなら任せて」

「呪いはちゃうやろ」


不穏な会話を交わすメンバーを尻目に、学園を牛耳るキングは隣室で姫との卑猥な逢瀬の真っ最中。
彼等の企みの成就はまだまだ先の事となりそうだ。






◆◇◆◇







ザワザワと騒がしい体育館。
──否、元・体育館。
何処ぞのコンサート会場さながらにセッティングが施されたソコは、その広さと相俟って圧巻の迫力。
そして、その中に犇めくは青春学園に詰める全校生徒と教員。
思い思いに館内に犇めいては常にない熱気を醸し出している。
それは、これから行われるイベントに起因する。
本来、生徒会によって行われるイベントは校内の者にとって恐怖の対象だ。
しかし、今回は今までの物とは違い、人々を震撼させるような代物ではなかった。
では、今回のイベントとは何か。
それは──。


「揃ったようだな、アーン?」


張り出したステージの中央。
白いスポットライトを一身に浴びた美青年が、暗く陰った館内に浮かび上がった。
片手に掲げたマイクから響くは、甘やかに過ぎる美声。
シンと静まった館内を満足げに見渡し、跡部の右腕がゆっくりと頭上へ。


「準備はいいか、テメェら!」


高々と掲げられた腕。
そして。


──パチィン


「全校対抗ミュージックフェスティバル、開幕だ!」


響き渡る開幕の合図。
そして、館内を割らんばかりの歓声。
熱気は最高潮に。
興奮を隠さぬ館内は、今まさにコンサート会場へと変貌した。
そう、このイベントは恐怖を駆るような物ではなく。
少々規模が規格外であるとはいえ、詰まるところ全校対抗のカラオケ大会。
本物のオーケストラやらギタリストやらと豪勢な生演奏の元、各クラスから選出された喉自慢たちが歌う。
選出者は、各クラス最低一名。
最高十名まで推挙が可能。
優秀者には賞金百万が贈呈される。
更に優秀者を輩出したクラスには跡部財閥から豪華グアム旅行五泊六日が進呈されるのだ。
これに、盛り上がらない筈がない。
よって、館内の熱気は異様な高まり。


「行くぜ!テメェら!全身の毛穴ブチ開けて叫びやがれ!」


跡部の煽りは絶妙であり、黄色い歓声が屋根を突き破らんばかり。
そして、鳴り響くベースとギターの疾走。


「トップバッターは……俺様だ!」


ステージに設置されたバックスクリーン。
跡部の姿が映し出されたソコには、『KING'S GAMBIT』の文字が踊り。


「俺様の美声に、酔いな」

 

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