愛しい者たちへ。
何も持たないけれど、持ち得る限りの全てで以て。
最高の祝福を。






◆◇◆◇







十月。
暦の上では大した行事もない平凡な月。
秋に移り変わって久しく、盛大な行事はクリスマスと年末を控えるだけ。
紅葉を楽しむにしろ、ここ最近の温暖化の影響かまだまだ椛(もみじ)や楓も青々と繁っている時期だ。
『神無月』と呼ばれる月であり、古くは神々が出雲に出払ってしまう時期と言われている。
しかし、現代人からすれば『神無月』よりも『用無月』と言ったほうがしっくりくるのかもしれない。
なんの行事もなく、暇を持て余す月という意味では。
しかし、ここ青春学園に限って言えば、一年を通して最も慌ただしい月である。
悪く言えば殺伐とした、とも言える雰囲気だ。
その理由はと言えば。


「……ったく欝陶しい事このうえねぇな」


生徒会副会長(アフターロード)、跡部景吾。


「ホンマやな。よぅあんだけの体力あるわ」


生徒会書記(サイドミニストリー)、忍足侑士。


「同感です。女性とはもう少し慎み深くあるべきだと思うのですが」


生徒会会計(ナイトロード)、柳生比呂士。
そして。


「……全て燃やせ。目障りだ」


生徒会長(キング)、手塚国光。
生徒会室に詰める四人の顔に浮かぶは、疲労と苛立ち。
目の前には──。


「凄い量やのぅ。いったい何個あるぜよ」

「四人を合計して推定、百七十八と言ったところだろう」

「ホンマ、エラい量やな。生徒会室埋まってまうで?」


仁王の疑念には柳が間髪入れずの返答。
その規格外の返答に白石が呆れるやら感嘆するやらに肩を持ち上げた。
積み上がり巨大な山を作り上げるは、色とりどりの包装紙に包まれた──プレゼントの群れ。
十月。
それはキングダムの内、四人もの美形が誕生日を迎える奇跡の月。
想いを秘めた女生徒たちが手に手に心の欠片を詰めた贈り物を渡さんと殺到する月。
祝われるべき四人にしてみれば、この上ない災厄の月。


「ところで仁王君」


カチャリと眼鏡を持ち上げ、山を突いている仁王を柳生の眼鏡が射抜く。
普段より声のトーンが下がっているのは、苛立ち故か。


「なぜ貴方は毎年無事なのですか!貴方も私と誕生日は同じでしょう!」


珍しく荒げた声の元、柳生の眉がキリキリと釣り上がった。
仁王と柳生は家庭の事情故、姓は別。
しかし二人は、れっきとした双子だ。
となれば、当然誕生日は同じである。
しかし柳生の弟である仁王は何処吹く風とばかりにプレゼントでジャグリングなんぞしていて。
その軽薄な唇がニタリと釣り上がった。


「個人情報が流布するようじゃぁ、詐欺師は終わりぜよ」


ポンポンと軽やかに宙を舞う箱が、ポコンと間抜けな音をたてて山を形作る木の一つに混じる。
言葉の通り、仁王の誕生日は一般生徒には知られていない。
否、知られてはいる。
ただし、十二月生まれとして。
勿論それは完全なデマ。
仁王によってまことしやかに流された真っ赤な嘘だ。
詐欺師と自称し、世界的に有名な天才ハッカーである仁王としては、確かに個人情報の流布は忌避すべき事なのであろう。
しかし、柳生には納得がいかない。
何故双子である筈なのに、と。
忿懣やるかた無しとばかりにフルフルと握られた拳は、弟に対しては柔和な物腰も意味を為さない現れだろうか。


「そもそもなぁ。こないな制度作りよるからアカンのとちゃうん」

「まぁ、一理あるね。でも面倒事は一回で済ませておきたいじゃない?」


グッタリとソファの背凭れに埋まった忍足に、不二から手向けられた苦笑。
労い──というよりは愉しむ要素がふんだんに盛り込まれたソレは、疲労も著しい四名からするならばいっそ毒だ。
そもそも、四人ともが十月生まれと言えど全員が同じ誕生日なわけではない。
ではなぜ全員が疲労も露わなのか。
それは去年、手塚によって立案されたある制度によるものだ。


「仕方ないだろう?手塚が決めた事だからな」

「『キングダムの生誕を祝いたければ、その月に生まれた者を纏めて祝え』。生徒たちは命令を忠実に実行しただけと思われる」

「後先を考えぬ故、このような事態を招くのだ。たわけが」


幸村、柳、真田による進言は、正論極まりない。
去年手塚が立案した法は、柳の言にも表された物。
理由は面倒事は一気に纏めてしまったほうが後々楽だからだ。
そして、一人で数人にプレゼントを渡そうとする女子も存在するため、プレゼントの数を少しでも減らさんとした策だ。
一日しか猶予がないとあらば、複数にプレゼントを用意した女子も渡す時間が限られる。
それこそ標的には女子がウヨウヨと殺到しているのだから一人に渡すだけで酷いタイムロスとなる。
そうなれば必然的に渡せるのは一人当たり、多くて二人まで。
結果、女子たちは本命と準本命のみに的を絞って群がってくる。
それぞれの誕生日を個別に行うより格段に数は減らせるというわけだ。
しかし、キングダムのうち四人もが一日のうちにダウンしてしまうのが難点と言える。


「あンのメス猫ども……」


女子たちに埋もれて乱れた髪を掻き上げた跡部が、舌打ち。
ムッツリと押し黙ったままの手塚も、お世辞にも機嫌がよろしいとは言い難い。
女の力とはかくも恐ろしいものであるのか。
辟易を絵に書く四人が溜息を吐き出したのは、ほぼ同時だった。


「──お待たせしました」


と、重い空気を払拭する愛らしいアルトヴォイス。
カラカラと軽やかな音とともにワゴンが押され、次いで艶やかな黒髪を湛えた少女がフンワリと微笑む。
奥の厨房から現れた少女──リョーマは真っ直ぐにティータイム用のテーブルへと向かい、その傍らにワゴンを停めた。


「遅くなってすみません。お茶のご用意が出来ました」


仏人形(ビスクドール)のように愛らしい容貌が黒髪を揺らしながら微笑めば、疲労に重くなっていた四人の表情が心なしか晴れやかになる。
単純と言えば単純だが、リョーマという癒少女(ヒーリングビューティ)が相手となれば当然とも言える現象だ。


「ホンマ姫さんは癒しやなぁ」

「あぁ。メス猫どもとは雲泥の差だぜ」


ホッコリとした微笑みに癒され、次々とテーブルに付く面々。
綻んだ頬のままにリョーマを見詰める忍足に同調し、跡部もまた感嘆の眼差しを送る。
リョーマの運んできたワゴンからは、仄かに甘く香ばしい香り。
料理全般を得意とする彼女の作る菓子は絶品。
どんな疲れであろうと吹き飛ぶというものだ。
そして、テーブルへと乗せられていく菓子。


「これは……」


感嘆を吐き出したのは、いったい誰だったか。
漆黒の冠を乗せた褐色の肌は、高貴さと威厳に満ちた立ち姿。
柔らかな肌が細やかな化粧を施され、その腕に抱くのは春を思わせる紅と黄金(こがね)。
赤褐色に覆われたその中には、連綿と連なる柔らかな大地の二重奏(デュオ)。
暗闇に聳える森に落ちる葉は雪に埋もれ、迎える季節の精を抱いて佇む。
色とりどりの様相を醸し出すソレら。
並べられた四つのケーキたち。


「今日は手塚さんと跡部さん、忍足さん、柳生さんのお誕生日という事でしたので。勝手ではありますけれど、皆さんをイメージしてお作りしました」


褐色の肌を持つケーキは、ザッハ・トルテ。
ビターチョコとラム酒から為るソレは甘さを控え、ほろ苦さと絶妙の甘味。
チョコレートケーキの王様(キング)と呼ばれた彼は、手塚の前に。
柔らかな肌を彩ったケーキは、ミルフイユ・オー・フレーズ。
パイ生地にはレモン風味の酸味の芳しいカスタードが可愛らしい苺を包み込み、お化粧はリンゴのコンポートで。
愛らしさの中に上品さを併せ持つ彼女は、忍足の前に。
赤褐色にその身を覆うケーキは、ドボシュ・トルテ。
七層からなるスポンジの間にはほろ苦さを演出するモカが挟み込まれ、表面を彩る赤はカラメルのドレス。
オーストラリア皇帝にも愛されたハンガリーの貴婦人は、跡部の前に。
漆黒の森を演ずるケーキは、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ。
柔らかなスポンジの中には春を思わせる桜桃が慎ましやかに目覚めを待ち、雪を象ったクリームが表面を彩れば、森の枯れ葉に姿を変えたチョコレートコボーが揺れる。
静かな冬と目覚めの春の狭間に目睡む彼は、柳生の前に。
四種のケーキがそれぞれに主を定めては艶やかなその身を曝す。


「俺に出来るのは、このくらいですから」


きっと彼等は数多の女性や家族、友人達からきらびやかな贈り物を受け取っているだろう。
だから、リョーマは形には残らないけれど、自分に出来得る限りの技術を以て祝福の賛美を綴る。

1/3
prev novel top next


 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -