この学園は、変だ。
何が?と問われても答えられないが、兎に角変なのだ。
それは、とある女生徒の一日を見ていただければ至極納得のいく事と思う。






◆◇◆◇







「あぁ姫!お早うございます!」

「姫様!ご機嫌うりゅりゃしゅう!」

「姫!」

「姫様!」


朝。
登校時間帯。
校門のそこかしこから上がる奇妙な呼び声。
けして此処は戦国時代でも平安時代でもなく、当然イギリス王室でもない。
ここは、青春学園中等部。
れっきとした学校である。
しかし、校門を過ぎ行く者たちはある特定の人物に対し、“姫”と呼称し深々と頭を下げていく。
頬を紅潮させ感涙しながら声を上げる者もいれば、気が高ぶったためにもはや何を口走っているのかすら定かでない者もいる。
まさに崇拝とばかりに口々に挨拶とすら呼べないような声を上げては、一人の人物を取り囲む。
その人物とは。


「はい。お早うございます」


人垣の中心。
背中の半ばまである艶やかな黒髪を風に遊ばせ、長い睫毛に縁取られた琥珀の瞳を穏やかに微笑ませる。
薄紅の唇から零れるのは甘やかなアルトヴォイス。
ニコリと微笑む少女のその一言だけで、無数の溜息が零れ落ちる。
因みに、感嘆の溜息だ。
少女が校舎に入ろうと歩き出せば、従者もしくは信者よろしく後ろにはゾロゾロと付き従う男女の群れ。
はっきり言って、異様以外の何物でもない光景だ。
数多の信者を引き連れる少女の名は、越前リョーマ。
この学園に於いて最も有名にして女子の中で最高権力を持つ存在である。


「姫!さぁどうぞ御席に!」

「あ……ありがと」


教室に入ったリョーマの席には既に数人が待機しており、タイミングを見計らってその席を引く。
それに対してフワリとリョーマが微笑み、礼を述べれば見詰められた生徒は歓喜に打ち震えて崩れ落ちた。
カタリと控えめな音とともに椅子に座るリョーマを、幾人もが見守る。
因みに、リョーマの座る椅子は通常の学生机の物ではなく、クッションソファ。
先日、あんな粗末な椅子ではリョーマの身体に負担が掛かってしまうと訴えた信者によって新調された物だ。


「姫様。何か御入り用がありましたら何なりとお申し付けください!」

「うん。みんな、ありがとう。でも大丈夫」


今にも床に平伏してしまいそうな勢いで告げる女子に、リョーマが再び微笑む。
そう、その場にいる者にとってそれは後光すら見出だせる程に美しい物だった。
聖母の微笑みだ……と、誰かが呟いた。
と、その時。


──バタバタバタバタ!


慌ただしくも忙しない足音が、廊下に響き渡った。
それは徐々に教室へと近付き、そして。


──バタァンッ!


荒々しい音とともに開け放たれる扉。
そして、その勢いのまま何かがリョーマ目掛けて突進。
咄嗟にリョーマの周りを取り囲んだ親衛隊たちは、流石とばかりの反応の良さだ。


「姫様ぁぁぁぁっ!!!!」


叫びを上げながら親衛隊たちに取り押さえられた人物。
カタリと席を立ったリョーマが、壁となった親衛隊の隙間からその人物を覗き込む。
しかし、その人物は青学の制服を纏った男子であったが、リョーマにとって全く覚えのない人物で。
不思議そうにリョーマの首が傾げられた。


「あの……俺に何か……?」


戸惑いがちに問い掛けたリョーマに、見ず知らずの男子生徒がウルウルと涙の溜まった瞳を向ける。
そして。


「だずげでぐだざぁぁぁいっっっ!!!!」


号泣。
グシャッと床に崩れ落ちながらオンオンと泣き喚く男子に、リョーマが慌てたように人垣から抜け出した。


「どうしたんですか!?何か……」


あったんですか。
そう問おうとしたリョーマの口は、しかし皆まで紡がれる事はなかった。
叫びとともに男子生徒が発した言葉によって。


「キングダムの方々のご機嫌がぁぁぁぁっ!!!!」


ピシリと。
空気が、凍り付いた。
表情を凍り付かせたまま手にした鞄を落とす者。
念仏のような物を唱えながら真っ青な顔で十字架を握り締める者。
ガタガタと震えながら逃げるように窓に縋り付く者と。
反応は様々だが、しかし一様に怯えを露わにする人々。
号泣する男子生徒が涙やら鼻水やら諸々で汚れた顔もそのままに、リョーマの腕へとしがみついた。


「どうが……どうが……おじびをぉぉぉっ!」


縋り付く男に対し、リョーマは一瞬驚いたように目を見開き、そして。
困ったように、苦笑を零した。













フワフワと揺れる黒髪。
リョーマが歩を進める度に揺れるソレは、優美の一言だ。
校舎の五階に位置する廊下を進むリョーマは、一人。
親衛隊の姿は、影も形もない。
素晴らしいまでの崇拝ぶりを発揮する彼等の姿が人っ子一人見当たらないのは、異様な光景と言える。
しかし、リョーマの歩みは淀む事なく、真っ直ぐに伸びた廊下を進んでいく。
緩やかに繰り返される歩み。
フワフワと揺れる髪。
と、不意にピタリと歩みが止まる。
足を揃えて佇むリョーマの眼前には、重厚な扉。
およそ学校には全く以て相応しくないその扉の前。
細いリョーマの手が、小さく扉を叩いた。


「リョーマです。開けてください」


控えめな声とともにコンコンと扉を打ち鳴らす。
と、同時に。
ギィと重い音とともに開かれた扉。
そして。


「遅かったやん姫さん。待ちくたびれてもぅたで?」


ムギュと包み込んでくる腕。
フワリと鼻孔を擽るミント系の香水に、リョーマの瞳が苦笑を浮かべた。


「テメェ忍足。その薄汚ぇ手を退けやがれ」

「全くです。越前さんが困っていらっしゃるではありませんか」

「分を弁えんしゃい」


直後、ゴッという鈍い音とともに離れた温もり。
リョーマから引き離された男が、不満そうにキリキリと眉を吊り上げる。
しかし、男を引き離した三人はそんな視線など歯牙にも掛けず、扉に佇むリョーマへと視線を転じた。
困ったように眉を下げるリョーマが、小さな会釈。


「突然お邪魔してすいません。あの……」


丁寧な礼とともに、リョーマの視線が室内を見渡す。
そして、部屋の奥。
最も奥まった場所に鎮座する人物を見付け、再び苦笑を零した。


「あの……生徒会の皆さんが俺をお呼びだと聞いたので……」


クルリと室内を見渡す。
リョーマの視界には、生徒会書記や副会長などのプレートが置かれた幾つものデスク。
広い、それこそ三十畳近い広さがあるのではないかという広さの室内に置かれたそれは、生徒会の役職を示す物だ。
生徒会室というには些か規模が違う気がするが、しかしここはれっきとした青春学園の生徒会室。
そして当然、この場にいるのは生徒会の人間である。
先ほどリョーマを抱きしめてきた人物は、忍足侑士。
生徒会書記を勤める。
そして、忍足を引きはがした一人の泣き黒子の男、跡部景吾。
生徒会副会長を勤める。
慇懃な口調と穏和な態度を崩さない、忍足を引きはがした二人目、柳生比呂士。
生徒会会計を勤める。
食えない笑みを浮かべながら飄々とした笑みを浮かべる、三人目、仁王雅治。
柳生と同じく生徒会会計を勤める。


「あぁ。遅かったね、リョーマちゃん」

「待っていたよ、姫」


柔和な笑顔で奥から歩み寄ってくる二人。
亜麻色の髪の少年を、不二周助。
生徒会書記を勤める。
黒髪の少年を、幸村精市。
生徒会副会長を勤める。


「ホンマや。会いたかったで?リョーマ」


ニコやかな笑みと甘い声で壁際に凭れていた身体を起こしてきたのは、白石蔵ノ介。
生徒会書記を勤める。
そして、その後ろ。
巨大なデスクに堂々と鎮座する男が、一人。
鳶色の髪に、理知的なノンフレーム眼鏡。
硬質な美貌を持つその人は──。


「遅い。俺を待たせるとはいい度胸だな、リョーマ」


手塚国光。
生徒会会長を勤める。
高圧的な手塚の言葉に、リョーマは微かに眉尻を落とす。
そして、群がる面々に小さく頭を下げながら部屋の奥へ。
手塚の座るデスクへと。
広すぎる部屋にデンと居を構える会長専用デスク。
無駄に大きなソレを回り込み、手塚の隣に向かう。


「あの……遅れてごめんな──」


さい、と口にしかけた謝罪は、リョーマの喉に絡まる。
それは、手塚の傍らに立った瞬間に引かれた腕のせい。
そして、唐突に塞がれた唇のせい。
驚きに目を瞠ったのも束の間。
合わさった唇から忍び込んでくる異物感に、ピクリと身体を跳ね上げた。


「んっ……ん……」


頭を抱え込まれ、手塚に覆い被さるような体制で固定され。
咥内を蹂躙される感覚に瞼をキツく塞ぐ。
甘ったるい吐息混じりの声が擦り抜けて、ジワリとリョーマの睫毛に涙が絡んだ。


「はっ……ふ……」


漸く解放されたのは、たっぷり三十秒は数えた後。

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