青春学園。
そこには一学期に一度だけ、生徒会をも恐れさせる行事が存在した。






◆◇◆◇







「ナイツ・プロジェクト……ですか」


コトリと芳しい香を上らせるカップを置き、リョーマが首を傾げた。
耳慣れない単語に対する疑念と好奇心によって、琥珀の瞳がグルリと生徒会メンバーを仰いだ。


「簡単に言えば、生徒会を介さずに生徒たちのみで企画、運営されるイベントの事だ」

「我々はその運営に関し、一切の関与が許されん」

「そして、我々生徒会役員はナイツ・プロジェクトによって可決されたイベントにを拒否してはならず、従事する事が義務付けられています」

「一学期に一月だけ、今年は六月、十一月、二月に設けられているんだよ」


柳、真田、柳生、幸村より次々に齎されるナイツ・プロジェクトの説明。
それによれば、今月のイベントは生徒会を除いた全校生徒によって選出された物を行う月であり、生徒会はそれに従う事が絶対である、という事らしい。


「そうだったんですか。なんだか楽しそうですね」


ニコリと花の綻ぶような微笑みを齎す姫ことリョーマに、乾いた笑いが何処からか響いた。


「……まともなモンやったらオモロいねんけどなぁ」

「アホ。ンなわけないやろ」

「こいつは生徒どもの逆襲プロジェクトだからな」


白石の空笑いには忍足の遠い目。
そして、幾分顔色を失った跡部の呟き。
そう、ナイツ・プロジェクトの実態とは。
キングダムによる絶対王制、それによる鬱憤を晴らさせる為の下剋上プラン。
つまりは生徒会にとってこれ以上ない脅威の月なのである。
ではなぜナイツ・プロジェクトを存続させているのか。
答えは簡単。
全校生徒に加えて教師たちまでもが死守してきたイベントだからだ。
集団の防御力とはかくも恐ろしい。


「はーいみんなー。それじゃあ今回のナイツ・プロジェクトの決定内容を発表するよー」


パンパンと手を叩き注目を集めさせたのは、不二。
ホワイトボードの前に陣取り、黒ペンによって綺麗な文字を書き綴る。
固唾を呑んで見守る面々の中、コトリと不二がペンを置いた。


「今回のタイトルは“夢の共演!プリンセスステージ☆”。つまり、生徒会メンバーによる女装劇に決定しましたー」

「「「「っざっけんなーッ!!!!」」」」


デカデカとホワイトボードに書かれた文字はまるで悪夢だ。
絶叫するメンバーたちの中、幸村と不二がクスクスと至極楽しげに笑った。


「愚鈍なアイツらにしては中々面白い企画を作ってくれるじゃないか」

「ねー。楽しみだなぁ」


青学の誇る魔王二人は何故かご満悦。
女装に抵抗がないらしい。
そして、不二の視線が硬直した一人の男へと。


「当然、君も参加だからね?手塚」

「……ふざけるな」

「ダメだよ手塚。これは重要な学校行事だ。生徒会長がいなければ話にならないだろう?」


魔王二人に囲まれ、手塚に逃げ道はない。
ギリと唇を噛む手塚の負けだった。


「はい、では皆さん注目ー」


再び不二の手がパンパンと鳴った。
今度は何を言い出しやがるのかとドロリとした視線を向ける面々へ、ズイと何かが差し出された。


「実はね?女装劇は童話や昔話のお姫様に扮して行われるんだけど、役が足りないらしくて。二人だけ劇には参加出来ませーん」

「よって、劇に参加出来ない幸運な二人を決めるべく、公平に籤引きを行うよ」


不二と幸村によって齎された朗報。
この中で二人だけ、屈辱の女装から逃れる事が出来る。
キラリと瞳を輝かせた面々に、魔王二人、ニコやかな微笑みが降り注いだ。


「ただし、残りの物には全て役が書いてあるから。引いた瞬間に配役も決まるから、ヨロシク」


これぞまさに天国と地獄。
そして、運命の籤引きが始まった。










「それじゃあ劇不参加者は柳と真田だな」

「そうだね」


籤引きの結果。
見事に当たりを引き当てた大運の持ち主は、柳と真田。
常より顔の変わらぬ二人だが、今回に於いては幾分安堵を浮かべているように見える。
そして。


「それから配役は……」

「跡部君がシンデレラで」

「っっっくそッ!」

「忍足が織姫」

「あーもぅ何でもえぇわ」

「で、柳生君が“美女と野獣”のベル」

「姫……ではないと思うのですが……」

「それから仁王が童話“ラプンツェル”のラプンツェル」

「そいつも姫じゃないぜよ」

「白石君は人魚姫で」

「なんでや……なんでや……」

「そして手塚がかぐや姫」

「……殺す……!」

「それから僕が白雪姫」

「俺が茨姫だな」


不二と幸村によって発表された配役。
至極楽しげな二人は嬉々として配役をホワイトボードへとしたためた。


「あ、そうだ。姫。君も参加してもらうからね」

「え?あ……俺も……ですか……?」


幸村によって参加を知らされたリョーマは寝耳に水。
パチパチと瞬き、不安げに瞳を揺らす様は酷く愛らしい。


「君には“不思議の国のアリス”のアリスとして参加してもらうよ」

「みんなもそうだけど、衣装は全部用意してくれてるみたいだから。みんな?ちゃ・ん・と!着るんだよ?」


不二の満面の微笑みが。
ニッコリと音すら付きそうなのに禍々しく見えるとは何事だ。


「そうそう。脚本は幸村が手掛けてくれるから。文学賞まで受賞した幸村の脚本なんだからきっと素晴らしいものだよ」

「生徒たちにも了承を貰った上での決定だからな。異論は許さないよ」


こうして、地獄の蓋が開いたのだった。






◆◇◆◇







そうして、劇当日。
ステージ脇に構えた楽屋は──騒がしかった。
当日まで断固として衣装に袖を通そうとはしなかったキングダムたちの、初お目見えだ。


「あぁ不二。さすが、よく似合っているよ」

「そういう幸村もね。僕たち元が美人だもんねー?」


初めに姿を見せた不二と幸村はお伽話そのままの衣装。
ラメやレースなどの手が加えられてはいるが、基本はお伽話の衣装そのままだ。
そして、それが二人とも恐ろしい程似合っている。
美人である。


「さて、他の奴らは……」

「こんなんでよいのか」

「……眼鏡がないと何も見えませんね……」


次に姿を見せたのは仁王と柳生。
仁王は白いロングワンピースに地毛に恐ろしく長い銀髪のウィッグ。
三つ網みにされたソレはズルズルと引きずられている程だ。
そして柳生は黄色のドレス。
フワリと腰元から控えめに膨らんだロングドレスに、裸眼。
素顔の柳生は仁王とよく似通い、化粧の効果もあってか中々の美人である。
勿論、双子の仁王もだ。


「よく似合っているぞ」

「嫌味か?」

「勿論」


クスクスと笑う幸村。
何処までも性格がひん曲がっている。


「あの……」

「あぁリョーマちゃん。よく似合ってるよ。凄く可愛い」


控え目な声がかけられたかと思えばヒョコリと顔を覗かせたのは、リョーマ。
背中まである地毛はそのままに、白いカチューシャと青いワンピース。
珍しい黒髪アリスの出来上がりだ。
しかし、衣装に着られる事なくアリス本来の愛らしさとリョーマ本来の愛らしさによって、それはまさに絵本に描かれた少女のよう。
思わず四人がうっとりとリョーマに見惚れた。
その直後に。


「なぁ……帰ってえぇか?俺」


現れたのは白石。
白に淡い蒼が差し込むワンピースは腰から下がクシュクシュとした波をイメージしたデザイン。
そして足先に行く程蒼が濃くなりラメや小さな貝が散りばめられ、砂浜が表現されている。
そして白石も同じく、化粧効果か女と言われても疑いなど抱かないだろう程の美人ぷりだ。
そして。


「アホ言いな。ここまで来てんねんで。腹括るしかないやろ……」


吐息混じりの声とともに現れたのは忍足。
暗めの青に黄色で川をイメージした刺繍が施され、羽衣を気怠げに腕に引っ掛ける。
髪も地毛と同色のウィッグによって丸く結い上げられ、二房だけ肩から前に垂らされている。
美人、は美人だ。
しかし。


「……忍足……妙なフェロモン出とるのぅ」

「あんなエロイ織姫様とか嫌だなぁ僕」


話し方や忍足の仕種も相俟って、どこかエロイ。
お色気担当な織姫様が出来てしまった瞬間だ。
そして、最後は。


「っだー!何で俺様がこんなカッコしにゃなんねぇんだよっ!」

「……殺す……。企画した奴ら全て血祭りに上げてくれる……」


跡部と手塚の登場。
跡部はシルバードレスにラメが散りばめられ、頭にはティアラ。
ピアスやグローブなどの小道具まで手が込んだ衣装だ。
そして手塚は、赤を貴重に薄紅や桃色、間に黄色のアクセントを効かせた十二単。

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