一つ。
重大な謎が浮上した。
それはある意味、キングダムのみならず、全校をも震撼させんばかりの究極の謎。






◆◇◆◇







「誰も知らねぇのかよ」

「せやなぁ……」


生徒会室にて、顔を突き合わせる者たち。
その面持ちはどれも険しく、議題となる物がどれほどの重要性を持つ物であるかが伺える。
跡部と忍足の声に応える者もなく。
座した者たち──幸村、真田、白石、仁王、柳生、柳は沈黙する。
室内に満ちる沈黙。
彼等の表情はどれも暗く、芳しいものではない。
コツリと白石の指先が机を叩き、周囲に座する者たちを眺め渡した。


「柳は知らんの?」

「残念ながら、そのような情報はない」


学園きっての情報収集能力を誇る柳に問うてみても、その首は横に振るわれただけ。


「仁王君。君でも調べが付かないのですか?」

「データベースそのものにロックがかかっとるぜよ。アイツ自らかけたらしい。アイツの本気は俺にも解けん」


柳生の視線にも仁王は肩を竦めただけ。


「幸村。お前は不二から何も聞いていないのか?」

「聞いていたらこんな所で面を突き合わせる必要があるか?真田」


真田の疑念には幸村の鋭利な睥睨。
全ての人間の口から否定と落胆が吐き出された頃。
苛立たしげな舌打ちが響いた。


「くそっ!」


忌ま忌ましげに吐き捨てられた跡部の声。
その場に満ちる空気全てを集約したかのような跡部の唾棄の如き声は、重厚な沈黙に微かな余韻すらも残して消えた。


「誰かいねぇのかよ!」


組んだ足の上、心境を如実に語る神経質な指先が組んだ左腕を断続的に叩く。
響く、新たな舌打ち。
そして。


「あの野郎……手塚の弱点を知ってる奴は!」


跡部の怒声。
しかし、集った者たちはただ黙するのみ。
そう、今回彼等が集った理由は一つ。
キングダムを統べ、頭脳明晰、眉目秀麗、允文允武であり、まさに偉才秀才と評される人物──手塚国光の弱点を探る事。
完璧な物に粗を探したくなるのは人の性ではあるが、しかし何よりも彼等が気に入らない事が別に存在する。
それは、学園が誇る姫──リョーマが手塚の恋人であるという事。
言ってしまえば、ただのやっかみ。
キングダムの一員と言えど、そこはしっかりと中学生な脳内であるらしい。


「アイツ……自分の情報全てロックをかけてやがるからのぅ。いくら俺でもあの化けモンには勝てん」

「俺も仁王に同じだ。手塚に関する情報は全て完全にシャットダウンされている」

「ここ数日、不二は欠席だ。聞くに聞けない状況なんだ」


情報収集のスペシャリストである三人からの否は、つまりは情報入手は極めて困難であるという事。
下手をしたならば国家機密を暴くなどよりも難題かもしれない。


「何かあらへんの?気になる事とか、気になるモンとか……──」

「──何が?」


忍足の詰問の声も新たな頃。
ガチャリと開かれたドアとともに、穏やかな響きが闖入した。
互いの会話にのみ意識を注いでいた彼等からすれば寝耳に水な勢い。
一斉に扉を弾き見た彼等の目の前に、手弱やかな青年が微笑んでいた。
それは、つい先程話題に上ったばかりの人物であり、今回の議題に於いて最も有力な情報を持ち得る者。


「ふ……じ……」

「全く……また手塚に私用の仕事押し付けられちゃってさ。やっと手が空いたよ」


やれやれと溜息を吐き出した人物──不二がドサリとソファに体を投げ出す。
肩を解すようにグルグルと回し、耳をトントンと叩いている事から、彼の優れた聴覚を利用した雑務か何かを熟していたのだろう。
不二は十人の人間が一斉に声を発しても瞬時にそれらを聞き分ける事が出来る。
故にそれを利用した雑務らしきものを手塚に押し付けられる事がしばしばあるらしい。
今回の数日続いた欠席もまたソレだったのだろう。
しかし、彼等の関心はそんな事ではなく。


「不二。いいところに来てくれた」

「え?」


極上の微笑みで以て歓迎を口にした幸村を、間の抜けた声とともに怪訝に不二の首が傾げられる。
肩を片手で揉みほぐしながら幸村を見遣った不二に、幾つもの鋭利な視線が突き刺さった。
そのあまりの剣幕に、あの不二ですら一瞬身を引いてしまった程だ。


「な……何……?いったい……」


ヒクリと口端を引き攣らせれば、幾つも降り注ぐ意味深長な笑み。
そして。


「実はな……──」













「今日の夕飯は何がいいですか?」

「何でもいい」

「……それが一番困ります……。昨日は和食だったんで、今日は中華にしましょうか?」

「あぁ」

「じゃあ帰りに買い物して行きますね」


まるで夫婦さながらの会話を交わしながら生徒会室のドアを潜った二人。
ガチャリと音を立てながら姿を現した手塚とリョーマに、含みある笑みが幾つも浮かび上がった。


「よぉ手塚」


先陣を切ったのはニヤニヤと奇妙な笑みを刻む跡部。
その不気味さに手塚の顔が歪んだが、跡部に歯牙にかける素振りはなく。
勝ち誇るような笑みを浮かべたまま。


「テメェにプレゼントがあんだぜ」

「……断る」

「そう遠慮すんな」


嫌な気配を読み取ったか、手塚の拒否。
しかし跡部は高らかに指先を頭上に掲げ、そして──鳴らした。
直後。


「──ワン」


跡部の背後から発された、高い鳴き声。
リョーマがその声に瞳を見開き、キョロキョロと音源を探した。
と、その直後に聞こえたトテトテと軽やかな足音。


「あ!」


途端、リョーマの瞳がパッと華やいだ。


「子犬!」


跡部の背後から現れたのは、まだ小さな子犬。
茶色い毛並みは艶やかであり、瞳も大きな漆黒。
パタパタと小さな尻尾を振りながら走り寄ってくるその姿の愛らしい事。
無類の動物好きであるリョーマが嬉しそうに腕を伸ばせば、躊躇いなく子犬はその腕に飛び込んだ。


「可愛い……」


スッポリと腕に収まってしまう程に小さい子犬に、リョーマの白い頬がほんのりと薄紅に染まる。
クリクリとした瞳がジッとリョーマを見詰め、構ってくれとばかりにパタパタと尻尾が腕を叩いた。


「この子、どうしたんですか?」

「あぁ。手塚とリョーマへのプレゼントだ。気に入ったか?」

「はい!」


花も綻ぶ満面の笑顔で頷く。
そのあまりの可愛らしさと子犬付きというオプションに、跡部のみならず傍観に回っていた者たちまでもクラリと目眩を感じた程だ。


「すっごく可愛いです。ね、手塚さ───」


──クシュン


愛らしい笑顔そのままに手塚へと振り返ったリョーマ。
その言葉が皆まで紡がれるより早く。
奇妙な音が掻き消した。
ポカンと見開かれる琥珀の瞳。
振り仰いだ先の手塚は口元を抑え、リョーマから顔を逸らし。
そして。


「クシュンッ……クシュッ!ックシュン!」


更なるくしゃみを連発した。


「手塚……さん……?」

「クシュン!……近付……くな……クシュッ!クシュッ!」


気遣うように伸ばされたリョーマの手を払いのけ、更に続くくしゃみ。
そして、更に驚くべきは手塚の目。
切れ長の瞳は真っ赤に充血し、そのうえ留めどなくボロボロと涙が。
困惑も露わなリョーマが眉尻を落とせば、手塚の涙塗れの瞳がキッと胸元を睨んだ……気がした。
実際は涙のせいで目が細められていて判別が難しかったのだが。
そこで漸く、リョーマがハッと胸元を見下ろす。
そこには、先と変わらぬ様で尻尾を振る愛らしい子犬。


「……もしかして……手塚さん……」


キュゥンと鳴く子犬と手塚を見比べ、困惑と疑念の入り交じった瞳を浮かべる。


「犬アレルギー……ですか……?」

「……クシュッ!っくそ!……ックシャン!」


否定も肯定もする暇なく、くしゃみは続く。
現在のカウント数、連続九発。
肯定はされていないが、その反応が何よりの肯定だ。
眼鏡を放り捨て、ボロボロと流れる涙を乱雑に拭いながら手塚がギッと跡部を睨み据える。
下手に口を開けば再びくしゃみの嵐。
故に、唇は引き結んだまま無言の睨みを向けているが、その視線は雄弁に心情を物語っている。
対する跡部は、してやったりとばかりの笑み。


「どうしたよ手塚ァ。具合悪そうじゃねぇか」

「ほざ……ックシュ!き……さま……クシュ!ころ……ハクシュンッ!」


恐らく、『ほざけ。貴様、殺す』と叫びたかったのだろう。
しかし、単語は全てくしゃみに掻き消され。
更には鼻が詰まってしまっているのか、普段の毅然とした怜悧な美声は無惨な滑舌。
憎々しげに跡部を睨みつつ、壁に片腕を付いて寄りかかる。

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