空気がポッテリとした湿気を含み、独特の臭いを撒き散らして窓を叩いた。
サァサァと細やかな音が絶え間なく窓を撫でていく。


「雨、止みませんね」


フゥと窓を見上げるリョーマに、各々が顔を上げては外を眺めやる。
本やパソコンから転じられた先には、灰色の空。


「予報では明日まで降ると言っていたな」

「姫さん、雨嫌いなん?」


柳が記憶を辿るように呟けば、忍足が小さな背中を抱き込む。
擽ったそうに身を捩るリョーマから、微かな苦笑。


「嫌い……ではないんですけど……。でもやっぱり、雨だとちょっと重くなっちゃうんです」


気持ちが、と眉尻を落とす。
と、俄かに室内に騒がしさが増した。


「おい。俺様だ。直ぐに気象庁に連絡しろ。今すぐに晴れさせやがれ。アーン?俺様がやれっつってんだ。やれ」

「ねぇ幸村?晴れ乞いに必要な物ってなんだっけ」

「確か魔法陣を描くマンドラゴラのエキスと生け贄に新鮮な人間を五体。後はてるてる坊主人間ヴァージョンを作ってその下に魔法陣を描くだけだよ、不二」


跡部は何処かに連絡を取り、不二と幸村はニコやかに背表紙の黒い本を二人で捲り始める。
この生徒会──否、学園にとってリョーマの発言は絶対である。
リョーマが望むならば彼等は天気は愚か、地形すら変えてみせるだろう。
主に跡部、不二、幸村辺りが。


「あ、すみません。もうこんな時間ですね。昼食、お持ちします」


至福とばかりにリョーマを抱き込んで髪に頬を寄せていた忍足だが、時計に気付いたリョーマがスルリと離れていく。
不満そうに、かつ名残惜しいとその背を追い掛ける忍足の視線。
溜息とともにソファへと忍足の腰が落ちれば、傍らからポキポキと軽やかな音が聞こえた。


「自分、なぁに勝手な事しとんの?シバくで?」

「けしからんな。たるんどるっ!」

「詐欺師を出し抜くとは偉なったのぅ、忍足」

「少し灸を据えて差し上げましょうか」


包帯を僅かに緩ませながら間接を鳴らす白石。
腕組みのまま仁王立ちする真田。
含みある笑顔でデスクに肘を付く仁王。
カチャリと眼鏡を持ち上げる柳生。


「…………………アカン。不二?助けてんか」

「え?なんで?」

「何やこいつらめっちゃ殺る気やねん。俺まだ死にたないねん。姫さんと結婚して子供作って……っちゅう立派な未来日記があんねん」

「ふーん。死ねば?」


救助要請失敗。
むしろ爽やかかつ満面の華やかな笑顔で地獄へのエスコート。
ニッコリ笑顔で四人の元に突き飛ばされた忍足の運命は、もはや覆されまい。
リョーマに手を出した者は処刑。
これもまた鉄の掟。


「お待たせしました」


ガラガラとワゴンを押しながらリョーマがヒョコリと顔を出す。
ワゴンには様々な料理が所狭しと並ぶ。
バスケットに入った幾つもの焼きたてのパン。
パンに塗るジャムやクリームなどは優に七種類。
緑の鮮やかなサラダはクリーム色の化粧が施されたシーザー。
そして目を引くのが芳しい香を上げるチキンソテー。
バジルの香が食欲をそそり、陰欝とした空気の重さを払拭するよう。
盛り付けも彩り鮮やかで、パプリカやレモンなどが添えられ、好みに合わせて使えるよう二種類のソースが脇に並ぶ。
そしてそれらは全てリョーマの手製。
パンに塗るクリーム以外は全て材料から仕上げた品々だ。
ガラガラとワゴンを押すリョーマがデスクの群れへと進んでくれば、ソファに転がる男が一人目に留まる。


「……忍足……先輩?」


俯せでダラリと腕を垂らしたその姿は先まであった忍足の姿と酷似して、自然首を傾げる。


「気にするな。頭痛がすると休んでいるだけだ」

「頭痛?大丈夫なんですか?」

「あぁ。問題ない。休んでいるうちに寝入ってしまっているだけだ。……故意か自然かは知らないが」

「???」


宥めるように肩を叩く柳に、リョーマの瞳が常より更に丸くなる。
しかし心配そうに眉尻を落として忍足を見遣れば、成る程相当深く寝入っているらしい。
ピクリとも動く気配がない。
起きたら食事を温めてあげようと結論付け、昼食の数々をそれぞれの席へと並べる。
因みに、忍足の垂れ下がった指先には『あ く〜』と血文字で何かを書こうとした形跡が。
『あく』と書いて力尽きたのか、その後は文字にならない血文字が線を引いただけ。
誰かがダイイング・メッセージだ、と呟いた。
そしてその直後にモップによって綺麗に拭き取られた。
完全犯罪の成立である。


「さて、頂こうか」


晴れやかな笑顔でモップを放り捨てた幸村を皮切りに、ランチ用の長机へと各々が腰を下ろしていく。
この生徒会室には三種類のデスクがあり、業務用、ティー・タイム用、ランチ用と実に多様。
無駄に豪勢な作りである。


「会長……来ませんね」


忍足以外が席に着いた後、空白の席を見遣ったリョーマがポツリと淋しげに零す。
吊られるようにソチラを見遣れば、会長席である一番奥の席が空白。


「あぁ。今日は来ないかもね。朝電話したら面倒臭いって言ってたし。ま、元々会長業務全部僕に押し付けてくる男だから?いてもふん反り返ってるだけで全く役に立たないからいいんだけど」


不二のニコやかかつ怨みの篭る言葉には、周囲から同意の頷きが。
手塚は確かに頭がいい。
だが、極度の面倒臭がりであり俺様。
会長業務を積み上げられれば、『なぜ俺がこんな物を見なければならん』の一言で仕事放棄。
更にその皺寄せは全て不二にくるという。
キングダム内には暗黙の了解があり、会長・副会長職に就いた者の専属補佐が一人ずついる。
手塚には不二。
幸村には真田。
跡部には忍足。
会計は経理担当のため補佐にはならず、白石は全体書記。
個人の補佐以外にも書記は必要との意見からの採用である。
ある意味で個人補佐は何よりも重労働だ。
何しろ上に立つ者が立つ者。
仕事が遅いどころか触れもしない奴らばかり。
結果、仕事は全て補佐三人に回ってくるのである。
それこそ不二に回るのは会長業務であり、最も被害を被っている人間だ。
なので、手塚に対する怨みつらみがあれど不思議はない。


「……でも……」


やっぱりいないと寂しいのだ。
口ごもった唇の代わりに雄弁に胸中を語るリョーマの大きな琥珀の瞳。
美少女の憂い顔は眼福だが、同時に庇護欲と疑念が鎌首を擡げてくる。
それは学園最高の謎と言われる疑念。


「前から聞こうと思ってたんだけどよ」

「……?はい」


カチャリとナイフとフォークを休め、跡部の瞳がジッとリョーマを見詰める。
真意を探らんとするようなソレに、リョーマが不思議そうな面持ちに首を傾げた。


「……何でアイツがいいんだ?」

「??……どういう意味ですか?」


質問の意図が読み取れないと大きな瞳を眉尻とともに落とす。
それが小動物のように愛らしいから、跡部は危うく押し倒す寸前だった。
ギリギリで踏み止まりつつ、気分を落ち着けようと開けられた白ワインを一口。


「つまり、手塚の何処がいいんだ?」


学園きっての暴君と名高い男、手塚国光。
その性情は至って俺様であり、サディスト。
頭脳、運動能力、統括力や企画力、更には類稀な容姿など、ありとあらゆる才能を持ち合わせ、更にそれらは他の追随を許さない絵に書いたように完璧な人間。
頭脳に関して言えば、以前不二が心理テストと偽って実施した知能指数テストでIQ.210という数字を叩き出した過去がある。
にも関わらず性格がアレである故に、敬遠されがちだ。
頭が切れて更には周囲を見渡す視野の広さがあるだけ、通常のサディストに比べて尚の事性質が悪いと言えるだろう。
だというのに、その手塚の恋人が学園きっての美少女と名高いリョーマとはどういう事か。
リョーマに関して言えば、成績は中の上。
愛らしく穏やかな性格であれど運動能力は高く、特に反射神経と脚力には定評がある。
小さな顔に絶妙な割合で配置されたパーツはまるでお人形のように愛らしく、更には華奢な体躯は庇護欲もそそる。
極め付けは彼女の料理の腕前。
何でも関東圏のアマチュアによるパティシエコンクールに於いて三度の優勝を経験しているとか。
菓子に限らず和・洋・中、イタリア料理やフランス料理、フルコースに至るまで美食家で名高い跡部の舌を唸らせるに申し分ない物である。
そんなリョーマの恋人が、何故よりにもよって“あの”手塚なのか。
学園──否、リョーマと手塚を知る人間にとって、最大の謎にしてミステリーだ。
更に言えば、リョーマに惚れた男からしてみればこれ以上ない程に重大な問題である。


「……え……ぁ……あの……」


跡部の質問の意図を理解すれば、サッと白い頬に朱が差し込んだ。
化粧などせずとも滑らかな肌がほんのりと色付く様は、何とも愛らしい。

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