雪見パパに花束を1


乱雑に置かれた膨大な量の書籍と、資料の山。それが俺のデスクの現状だ。
そして、ノートパソコン横には、申し訳程度に設置した小さな棚。その1番上に、水が注がれた、透明なガラスで出来たグラスが一つ。
そこに、堂々と…。まるで胸を張っているかのように咲き誇った、真紅のカーネーションが生けてある。

酷く散らかった部屋に、不釣り合いな美しい花。
俺自身、何とも似つかわしくない光景だと思う。

何時だったか、花のある生活は素敵なものだと、有名なある女優が口にしていた。生憎、俺の家には、殆ど野郎しか寄り付かない為、正直、その気持ちがよく分からない。

だが…。

俺はそれまで忙しなくキーボードを叩いていた手を止めて、ふと花を見つめる。

だが、これだけは俺にも分かる。誰かから何かを貰うという行為は、案外悪い気はしないということを。

たとえ何の役に立たない…。色褪せて、いつかは枯れてしまうであろう、か弱い花であっても。
普段は何もしないような、自分のことなど考えてないような、そんな相手からだったら、余計に――。



 見パパに束を…



カタカタと。
壁に貼り付けたメモを見ながら、大量の情報と附箋の挟まれた分厚い手帳を見ながら。俺は液晶画面を睨みつつ、忙しなく手元のキーボードを叩いていく。

今手掛けている記事の入稿締切は、明日の午後一。
まだ時間に余裕がある。それほど急いで仕上げる必要はないのだが。
明日になれば、また新しい記事の依頼がやってことないとも限らないし、隠の任務も入ってくるかもしれない。
早く仕上げられるモンは、早いうちに片付けてしまった方が、後々楽になるに決まっている。

ったく、これだから、売れっ子ライターは困るんだよな――なんて。
…おっと、集中。集中。

記事の大半を書き終え、最終段階に取り掛かった辺りで、不意に俺を呼ぶ声。

「…雪見」

無論、しっかりとその響きは俺の鼓膜に届いた。だが、俺はそれを軽く無視する。今は筆が乗っているから、余り邪魔されたくはない。

「雪見」
「………」

懲りずに発せられた二度目の呼び掛けに、俺は堪らず舌打ちをした。それからゆっくりと、声のした方へと振り返る。

「…何だよ、宵風。俺が集中してる時は、話し掛けるなって言ってあるだろ?」
「……ごめん」

宵風は囁くようなか細い声で謝り、雪見に渡したくて、と、何やら身体の後ろに隠していた物を、そっと俺の前に差し出してきた。

「…何だよ、それ」

宵風が手に持っていたのは、透明なフィルムに包まれ、鮮やかな赤と淡い桃色によって彩られた、小さなカーネーションの花束。
しかも、茎の下方部分には、ご丁寧にリボンまで添えられている。

「カーネーション…」
「そりゃ、見りゃ分かるよ。俺が聞きたいのは、何でお前がそんなモンを俺に寄越すのかってことだ」

大体今日は、俺の誕生日でも何でもない。まして、お互いに何かを贈り合うなんて、今まで一度だってしたこともねェのに。
宵風のヤツ、何の風の吹き回しだ?

「……壬晴に聞いて」
「はん?あの小悪魔小僧にだと?」

俺の言葉に、宵風はコクリと小さく頷いた。

「5月の第2日曜日は、いつもお世話になっている人に、日頃の感謝を込めて、カーネーションを贈る日なんだって、それで…」
「で、カーネーションか?」
「雪見には、いつもご飯作って貰ってるし、任務でも助けて貰ってる。…なのに僕は、雪見に迷惑ばかりかけているから」
「…ったく、何言ってんだ、ボケ。宵風、お前は余計なこと考えなくていいんだよ。ガキの面倒は、大人が見る――大昔からそう決まってんだ。それに、お前は首領の大切な預かりモン。テメェが気に病むことじゃない」

俺の台詞を聞いて、宵風は左右に首を振る。それだけではないはずだ、と訴えるかのように。

「だけど、お世話になってるのは、事実だから。僕にはこんなことぐらいしか出来ないけど…。これ、雪見に受け取って貰いたいんだ」

宵風は改めて手に持っていた花束を俺の前に差し出す。

「…雪見、やっぱり、この花、要らない?」
「バカッ、誰も要らないなんて、言ってねェだろ」

半ば引ったくるように、花束を受け取る。
その動きに釣られて、ゆらゆらと花弁が揺れて微かな芳香を放つ。
俺はこの手に持つまで知らなかった。カーネーションでも、仄かな香りを身に纏っているということ。

「…ったく、何でカーネーションなんだよ」

花を片手に小さく独り言を呟けば、途端に不安げな瞳が俺を射抜いた。

「……カーネーション、嫌いだった?」
「違げェよ、そういう意味じゃなくて。……まぁ、とにかく、一応、礼を言っといてやる。ありがとな、宵風」

面と向かって、相手に礼を言うのは何とも照れ臭い行為だったが。
柄にもなくこの胸は熱くなった。喜びというものを感じて。
そんな俺を見て、宵風は安心したかのように、何処か嬉しそうに笑っていた。
俺はこいつのこんな表情を、初めて見た気がする。
年相応の、そんな子どもらしい笑顔を。


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