まるで以心伝心1
雨が悪い天気だなんて、一体、何処の誰が決めたんだろう。
雨の日じゃなきゃ、味わえない雰囲気があるのに。
雨の日じゃなきゃ、見られない光景だってあるというのに…。
雨が降っている。
学校の課題を終えた僕は、ふとガラス戸の前で足を止め、窓の外へと視線を滑らせた。
最初に目に留まったのは、カラフルな傘の群れ。日曜日ということもあり、繁華街は買い物袋を下げた群衆が、忙しなく行き交っている。
僕はホンの少しだけ扉を開き、外気を部屋の中へと招き入れた。
刹那に、雨に濡れたアスファルトの、あの独特の匂いが鼻を掠める。
ぬかるんだ道は何時まで経っても好きにはなれないけれど、雨自体は決して嫌いじゃない。いや、寧ろ好きな方だ。
湿った土と空気と水の匂い。
雨に打たれる度に揺れる、植物の葉。
部屋の中で聴く、篭るような雨音。
水滴の流れる窓ガラス。
窓越しの、雨に滲む花の色彩。
雨の日は何処も行かずに、ただじっと部屋の中で過ごす。僕はそれが好きだった。
音楽は流さずに、僅かに窓を開けて、雨の音に耳を寄せながら。
お気に入りの絵本や写真集を開いてぼんやり眺めたり、もの思いに耽ったり…。
だけど、僕が雨を好きな理由は他にある。
僕が雨を好きな、本当の理由は――。
「…雨、なかなか止まないね」
思いを巡らせていると、突然、向けられる声。
振り返れば、いつの間にか、雷光さんがすぐ後ろに立っていた。
「わわっ、ごめんなさい、雷光さん。勝手に開けてしまって。寒かったですよね。直ぐに閉めますから…っ」
3月に入った入ったとは言え、まだまだ肌寒い日が続いている。今日みたいな、雨の降っている日は特に。
僕が慌ててドアを閉めようとしたら、後方からその手を掴まれ、雷光さんに制された。
「暫くこのままで構わないよ。丁度部屋の換気をしなければと思っていたところだったしね。それにほら…」
クスリと笑う気配がしたと思ったら、次の瞬間にはもう、背後から抱きしめられていた。
「ら、雷光さん…っ?」
「こうしていれば、寒さなど微塵も感じないよ。…万が一私が風邪を引いたその時は、お前が責任を取ってくれるのだろ?俄雨」
「せ、責任…って、一体、どういう」
「ふふ、そのままの意味だよ。お前は比較的体温が高い。だからその熱で、私を温めてくれるんじゃないのかい?」
からかうように言いながら、雷光さんは僕の腰を捕らえる。細く、でもしっかりと鍛え上げられた腕の中、益々逃げようにも逃げられない状況に陥り、思わず動揺してしまう。
「と、とにかく、離れて下さいっ」
「おや、嫌なのかい?」
「いや、別に嫌という訳ではないのですが」
「ならば何故、私から逃れようとするんだい?」
「そ、それは…」
問われて、チラリと窓の外を一瞥する。
幾ら地上から離れた高所に位置していると言えど、下から見えないとも限らない。
此処は大通りに面した、マンションの一室で。しかも、背後から抱きしめられているところを、クラスメートにでも見られたら、一溜まりもないし、弁明のしようもない。
それに雷光さんにだって、ご迷惑をかけてしまうかもしれない。
ふとそんなことを考えていたら、僕の心を見透かしたような言葉が紡がれた。
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