雨が降っている。
商店街はアーケード。傘の先から零れる雫に気をつけながら、僕は歩を進める。
それから、大通りから離れ、入り組んだ裏通りへ。此処からはアーケードは無い。再び傘をさして、僕はゆっくりと雨の中にこの身を滑り込ませる。

こんなつもりなんてなかった。
外になんて出るつもりなんて、なかったというのに…。

だけど、家には居たくはなかった。
あの人の存在が色濃く残っている、家の中には。
このまま家に居たら、余計なことばかり、考えてしまいそうだったから。
決して叶わぬ想いだと分かっている恋に、深く悩み続け、また胸を痛めてしまいそうだったから。
だから、あの人から…。雷光さんの幻影から、出来るだけ遠くへと逃れたかった。

ふと、小さな花屋の店先で、僕は足を止める。

「………」

花なんて興味ないはずなのに、何かに導かれるかのように、僕は店先の傘立てに傘を放り込んで、静かに店の中へと踏み入った。
入った途端、むせ返るような花の匂いに、圧倒されてしまう。
人工的に作られた香水とはまるで違う。香水なんかより、ずっとずっと強い、芳香だ。
そして、鮮やかな色の洪水。溢れる色彩の渦。
花なんてゆっくりと見たことがなかった。こんなにも色々な種類と、様々な色の花が有るなんて、今まで全然知らなかった。

「いらっしゃいませ」

可憐な花々に目を奪われていたら、店員さんが不意に声を掛けてきた。

「どのような花をお探しですか?」
「え…っと」

目的があってこの店に入った訳では無いから、店員さんの問い掛けに、少々戸惑ってしまう。
どうしたものかと、緩やかに視線を移して――、僕はレジの横に置かれた、小さなブーケに目を奪われた。
淡いパステルピンクに、かすみ草を散らした、優しい雰囲気のブーケに。

「…このブーケ」

ぽつり、と僕は言う。

「これと同じブーケ、って、作って貰うことは出来ますか?」
「あ、はい。こちらと同じものですか?構いませんよ」

店員さんは優しく微笑む。

「では、こちらのマーガレットのブーケで宜しいんですね?」
「え?」

言われて僕は、その花をまじまじと見つめてしまう。確かにこれはマーガレットに見えるけど、でも…。

「マーガレットって、白だけじゃないんですか?」
「普段、うちの店でも白しか置いてないんですけどね」

花立てから花をそっと引き抜いて、慣れた手つきで綺麗にブーケを形作りながら、優しい声音で店員さんが言う。

「実は変わったお客さんがいらっしゃって、レジ横のブーケを注文された方なんですが…。とにかく、色んな種類の花を使って、ブーケにして欲しいと言われて…」
「色んな種類の花?」
「そうなんですよ。その方、毎月注文して下さるんだけど、どの花を使用するからこちらに任せるから、とにかく同じようなブーケは作らないで欲しい、って。有り触れたブーケにはしないで欲しい、って言われて…」
「へぇ…」
「最初のうちは店にある花で作れたから良かったんですけどね。でも、うちのような小さな店ですから、流石に回数を重ねると花の種類もあっという間に無くなってしまって…。そうしたらもう、たまには珍しい花を置いてみるのも良いかなと思いましてね」
「何か、大変そう…ですね」
「いえ、そうでもないんですよ。最近は逆にそれが楽しみで…。今度はどんな花を取り寄せて、どんなブーケを作ろうかな、って考えるようになって」

店員さんは楽しげにマーガレットの周りにかすみ草を散らす。この人は恐らく、凄く、凄く花が好きなのだと思った。花を扱うその指先を見ていれば、容易に理解出来る。

「そのお客さんって、長い間、花を買い続けているんですか?」
「そうですね、もうかなり長い間になるんではないかと…。恋人の方も、女冥利に尽きますよね、こういうのって」
「……そのお客さん、どんな方なんですか?」
「優しそうな雰囲気をお持ちの方ですよ。薄桃色の、少し長めの髪をされた、外見に少し特徴のある方で」
「…っ!」

店員さんの言葉を耳にした瞬間、ある種の衝撃が肢体を駆け巡った。


1/2

back next


Back




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -