それは、あるよく晴れた日の昼下がりのこと。
通り掛かった公園の脇に駐車された一台の車に、僕の目は刹那に奪われた。珍しい色で塗装されたその車は――献血車だった。

「雷光さん」

ほんの少し僕の前を歩く背中に、徐に声を掛ける。

「どうしたんだい、俄雨」
「あそこに、ほら、献血車が停まっていますよ」
「おや、本当だ」
「献血車、この辺にはよく来るんでしょうか?」
「さぁ、どうなんだろうね」

そのまま。何気無しに公園の前を通り過ぎようとした雷光さんの服の袖を掴み、僕は引っ張った。

「あの、雷光さん」
「うん?」

これには流石の雷光さんも立ち止まって、様子を窺うようにこちらに振り返る。

「献血…。献血、して行きませんか?」
「献血を…かい?」
「はい」
「……すまないね、俄雨。これから、直ぐに向かわなくてはならない場所があってね、何処かに寄り道をしている時間は無いんだよ」
「もしかして、隠の任務…とかですか?」
「あぁ、そうなんだ」

そうか、そうなんだ。大切な任務があるというなら、無理強いは出来っこない。

「それでは、僕一人で寄って行きますので」
「おや?お前がかい?」

意外そうな顔で、僕の顔を見返してきた。雷光さんがこんな表情をされるなんて、何だか珍しい気がする。

「雷光さんにはお伝えして無かったかもしれませんが、実は僕、献血手帳もしっかり持ってたりするんですよ?…ほら」

斜めに掛けたバッグの内側のポケットから献血手帳を取り出して、僕は少々自慢げに見せる。

「献血って、16歳にならないと出来ないじゃないですか。僕、自分の誕生日当日に、ちゃんと献血に行ってきたんですよ。その時に200ccほど抜いて貰って…。あれから日数も結構経っていますし、献血しても大丈夫かなって思いまして」
「……何だか、お前らしくないね」
「そう…でしょうか?」

16歳の誕生日。献血に行くって言ったら、みんな、僕らしいと言って、笑ってくれたんだけどな。

「今の僕には、このようなことしか出来ませんから」

特別意識した訳ではなく、自然とそんな言葉が口から零れ出た。

「いつも周りの人に迷惑をかけてばかりで、僕はまだ、何のお役にも立てませんから」

雷光さんにも、灰狼衆の人たちにも、友人にも。そして、これまでお世話になった遠縁にあたるおじさんにも。

「だから、せめてこれぐらいはしなきゃって…。勿論、大したことじゃないって、重々理解していますが、それでも、誰かのお役に立てるのであれば、と…」
「………」

しばし無言のままでこちらを見つめる雷光さんは、不思議な表情をされていた。
何処か寂しそうで、何処か切なげで。何と表現したら良いのか、この僕には分からない表情。

「あの…、雷光さん。何か僕、貴方がお気を悪くされるような、変なことを言ってしまったのでしょうか?」

思わず心配になって尋ねれば、俄かに首を横に振り、ただ一言、違うよと返ってくる。

「それでは…」
「……彼女と同じようなことを、言うんだなと思ってね」
「え?」

ぽつり、と呟くように紡がれた、小さな台詞。

「彼女…って」

もしかして、それは――。

「雷光さんの……想いを寄せる方のことですか?」

これはある意味、直感だった。
目の前に居る方の表情を読み取った訳でも、発せられた台詞の意図を考えあぐねた訳でもなくて。その言葉だけが、さらりと流れるように僕の口をついて出た。

「…あぁ、そうだよ」

決して構えるでもなく、誇示するでもなく。ただ自然に雷光さんの口から漏れた肯定と取れる言葉。
それはまるで、琴の音ように柔らかな響きで心の内にじわりと浸透し、僕の核中に大きな波紋を生じさせた。



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