SCANDAL1


「…漸く、事務所の前かよ…」

数回に渡る乗り換えと、長時間の移動で心身共に疲労困憊の俺は、見慣れた建物を前にして、漸く肩の力を抜くことが出来た。
建物の前には、看板にはこの俺からは似つかわしくない程の、洒落た名前が書かれている。

TRUST――それは俺が立ち上げた、芸能プロダクションの名だ。

芸能プロダクションとは言っても、そんな大したものではない。所属しているタレントも10人にも満たない、実にこじんまりとしたプロダクションだ。
結構いい加減な人間が運営、及び管理しているのだから、これぐらいの規模が丁度良いのだと、俺自身は思っていたりする。

それにしても、今日は災難だった。
久々の遠出の出張だからと、意気込んで朝早く出掛けたはいいものの、新幹線のグリーン席が取れておらず、通勤途中のサラリーマンと共に、自由席で立って行く羽目になったり。
飛行機に乗り換えて現地に到着したはいいが、その直後にクライアントからキャンセルの電話があったり。
それから…――。
とにかく、大小様々なトラブルが起こり、結局、自分の事務所へととんぼ返りした訳だ。
勿論、あのまま予定通り予約したホテルに泊まり、ゆっくりと観光なんかを満喫してきても良かったのかもしれない。だが俺は、どうにもそんな気分になれなかった。
(連れが居るならまだしも、一人で観光したって、つまらないだろうしな)

こんな日は自宅に帰り、早めに休んでしまいたい気分だったが、どうせなら本日中に片付けてしまいたい案件も抱えている。
俺は疲れを訴えてくる四肢を叱咤して、事務所の中へと足を踏み入れた。
幾つか部屋を通り抜け、1番奥の社長室へと向かう。すると、ある部屋の中からで聞き慣れた声がした。俺はふとその扉の前で足を止める。
声の主、一人は俄雨で、そしてもう一人は…。
その部屋――ミーティングルームの扉は、ほんの少し開いている状態だった。

「…雷光さんが出演された新作の映画、好評みたいですね」
「あぁ、そうなんだ。有り難いことにね。これも偏に、お前が色々と駆け回ってくれたお陰だよ」
「いえ、僕は何も…。お礼を言うなら、雪見さんにお伝え下さい。今回のキャンペーンで尽力して下さったのは、あの方ですから」
「勿論、先輩にもお伝えするつもりだ。でも、まずはマネージャーのお前に告げようと思ってね。本当にありがとう、俄雨」
「…そんな風にお礼を言われても、僕からは何も出ませんからね?」
「おやおや、照れているのかい?ふふ、可愛い子だね、お前は」
「別に、そう訳じゃ…っ」

その声音と口調から、もう一人は雷光で間違いないだろう。
どうやら、先日公開された、雷光出演の映画の話をしているらしい。

今回の作品は、二人共、よくやってくれたと思う。
特に雷光は、監督の言わんとしている作品の雰囲気を理解し、最後まで果敢に挑んでくれた。
この仕事を始めたばかりの頃から考えると、あいつは確実に成長しているし、やる気を出してくれている。
雷光が日々進歩しているのは、素直に嬉しく感じた。

たまには社長らしく、労いの言葉でも掛けてやろうと、ドアノブに手を伸ばしたところで、俺は動きを止めた。

「ちょ…っ、雷光さん、何してるんですかっ?」
「構わないだろ、少しぐらい。お前とこうやって二人きりで過ごすのは久しぶりなのだから」
「誰か来たらどうするんですかっ?」
「誰も来やしないよ。数穂さんはお出掛けになられたようだし、雪見先輩も今日から出張なんだろ?」
「な、なんで、雷光さんがそれをご存知なんですか?」
「先だって、和穂さんから聞いたんだ」
「…でも、だからって、こんなこと…っ。まだ僕、報告書も書いてないんですよ」

先程までと二人の雰囲気が違うように思うのは、俺の気のせいなのだろうか?
此処で一歩だけ踏み込み、扉を開くだけで良いはずなのに、身体が言うことを訊いてくれないのは、どうしてだ?

そんな俺を置いて、雷光と俄雨の会話は、更に有らぬ方向へと加速していく。


1/8

back next


Back




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -