相思相愛1


学校なんて、本当はどうでも良かった。
取り敢えず登校して、ぼんやり授業を聞いて…。
そんな様子だから、当然のように、授業の内容は頭の中には入ってこなくて。
とにかく早く終わって欲しかった。一分でも、一秒でもいいから、早く、って…。
一日中、ただそれだけを思い続けた。

だって今日は、待ちに待った日。
ずっとずっと、待ち望んだ日。
漸く、君に会える日、だったから…。

ホームルームが終わるのとほぼ同時に鞄を掴んで、教室から駆け出した。

雲平先生の小言も。
虹一とのお喋りも。
雷鳴からの放課後の誘いも。
全て半ば無視して、ダッシュで帰宅した。

ただいま、それだけ言って、家に入る。

トントントン…――。
そんな感じの足音を響かせながら、階段を駆け上がった。
自分の部屋のドアを開くなり、鞄をベッドを放り投げ、俺は急いで着替えを済ます。
申し訳程度に身嗜みを整えて、また直ぐさま、部屋を出る。

「ばあちゃん」

店のカウンターで、夕方からの仕込みの準備をし始めたばあちゃんに、そっと声を掛けた。
今は、夕刻の少し前。
この時間、店にやってくるお客さんの数は、疎ら。よく見知ってる、常連さんぐらい。

「…俺、ちょっと出掛けてくるから。今朝、俺が頼んだヤツ、出来てる?」
「勿論、出来てるわよ」

ばあちゃんはテーブルに置かれた白いビニール袋を手に取る。

「はい、これね」

差し出された袋を、俺は徐に受け取った。
下方に手をやれば、火傷しそうなくらい熱い。ほのかに香る、鰹節とソースの匂い。
俺が帰ってくる時間を見計らって、焼き始めてくれたんだろう。

「ありがとう、ばあちゃん」
「壬晴」
「なに?」
「暗くなる前に帰って来るのよ」
「うん、分かってる」

それだけ言って、俺は家を出た。
目的地に向かって、再び、走り出す。
ひたすら、約束の場所へと。
待ち合わせ場所は、家の前の石段を上った先にある、丘の上の公園。

俺としては、もっと楽な場所で良かったのに。君だってその方が、数段楽だろうに。
でも、この場所が良いと、指定してきたのは外ならぬ、君で…。

別に、そこから眺める、街の景色が好きな訳じゃなくて。高い場所が特別、好きな訳でもない。

――ただ…。

『此処に居て、駆けてくる君の姿を見ているのが好きなんだ。僕の為だけにやってくる、壬晴が…。だから僕は、此処で待ってる。壬晴を待ってる』

戸惑いも躊躇いもなく。
恥ずかしがることもなく、真顔でさらりとクサイ台詞を言ってのけた、君。
言われ慣れていない俺は、その時、熟した林檎みたいに、頬を赤く染めて、俯くぐらいしか出来なかったっけ。

「…壬晴」

石段をある程度上った辺りで、聞き慣れた声が頭上から降ってきた。
顔を上げて、その姿を確認する。いつものように黒いコートを纏い、大きな欅の樹の下に立って、僕を見ている、君。
あぁ、やっぱり、早く来て、俺を待っていてたんだ。そう思って、少しホッとする。

「宵風」

名前を呼んで、傍まで駆けていく。
此処まで脇目も振らず走ってきたおかげで、すっかり息が上がっていた。
ほんの少し、苦しくて。
ほんの少しだけ、喉が痛い…。

「こんにちは、壬晴」
「…こんにちは、宵風」

肩で息をしながら、挨拶を返す。
大きく息を吸って、また吐き出して…。繰り返すうちに、やがて呼吸は落ち着きを取り戻した。だけど、胸の鼓動は、未だ高鳴ったまま。

「ずっと走ってきたの?」
「うん、家から此処まで」
「…だから、息が切れてたんだ」
「俺、長距離走、あんまり得意じゃないから」
「別に慌てて来なくても、良かったのに…。ほら見て。約束の時間まで、まだ15分もある」

宵風は公園の真ん中にある、大きな時計を指差す。
針は4時15分を差している。俺たちが会う約束をした時刻は、4時半。確かに、彼の言う通り、15分ほど早い。

「だって俺…」

俺は、君に――。

「一秒でも早く、宵風に会いたかったから」

四六時中、宵風のことばかり想っていた。考えていた。
授業なんて上の空で。
お昼ご飯を食べていても、休み時間だって、ずっと。

「壬晴」

不意に名を呼ばれて、胸がドキリと波打つ。宵風の、俺を見つめる黒耀石みたいな瞳がとても綺麗で、取り巻く空気がとても儚くて。
だから、俺は苦しくなる。哀しみや苦しみとは異なる、甘い、甘い痛み。

「壬晴…」
「なに、宵風」
「あんまり僕を無自覚にしないで…」
「無自覚?」


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