表と裏

大河は平凡な毎日に退屈していた。
あくび混じりに坂を下る。すでに遅刻は決定しているが、特に気にしない。

「空からなんか降ってこないかな・・・・・・・・・。」
口に出してはみたが特に期待はしていない。空を見上げて小さくため息を吐いた。
「っ!?」
遠く見える小さな影に、背筋に電流が走った。影はシミが広がるように大きくなり人型に見える。
「ぅ、あ・・・・・・・・・」
恐怖で凍りつき、動けない大河のすぐ横を閃光の如き速さで駆け抜けた『ソレ』は地面と衝突して、熟れた果実が破裂する音と骨が砕ける音とで不協和音を奏でた。
「や、ぁ、う、嘘・・・・・・・・・・・?」
虚ろな目を見開きこちらを見つめる男に悪寒が駆け上る。軋む視界。ノイズに混じって別の映像が見えた。赤がアスファルトの黒にかき消されることなく自分の足元に蛇のように忍び寄ってくる。赤く濡れた両手、女の微笑み。

「あーあ。こりゃひでぇな。」
誰かの声が聞こえた。聞き覚えがあるようなその声を思い出せず大河は意識を手放した。



「あーあ。こりゃひでぇな。」
死体を眺めながら、大雅は無感情に呟く。携帯を取り出して開いてはみるが、考え直してやめた。
「くっそ、やってらんねー。」
あくび混じりに伸びをし、歩き出した。



とあるゲームセンター。
「行けっ!ぶちのめせ!」
スティックを操り、ボタンを連打しながら、大雅は興奮気味に呟いた。画面の中では大雅が操る巨乳の女性キャラが細身の男性キャラにコンボを決めている。それでも戦況は大雅が圧倒的に不利で、大雅は苛立たしげに指を鳴らした。
パチン。
「なっ!?い、入れ替わった!?」
店内のどこかで誰かが戸惑った声を上げるのを聞きながら、大雅はにやりと笑う。
「ぁ?」
くすっと笑う声に、画面から顔を上げると、向かい側の機械からわずかに覗く金髪が揺れているのが見えた。椅子から腰を浮かせ、向こう側を覗くと金髪の綺麗な女がいた。大雅の視線に気づいたのか、画面から少し目を上げ、にっこりと微笑んでみせた。
「っ!!」
慌てて目を逸らすが、心臓がばくばく鳴ってうるさい。画面の中では、『YOU LOSE』の文字が踊り、女性キャラが誇らしげに勝利の雄叫びを上げていた。



「あっ、あなた、名前は?」
席を立とうとしていた女の腕を掴み、引き止める。
「篠原鈴。」
またもやにっこりとするのが眩しい。
「お、俺、」
「随分とゲームが好きなんだね。こんなところで立ち話もなんだから、家でどう?美味しい紅茶でも淹れるよ。」
大河の言葉を遮り、鈴は思ってもみない提案をしてきた。
「は、はいっ!」
大河はくすっと笑って歩き出した彼女の後を追いかけた。



「ここだよ。」
案内された先は新しめのビルの二階。ドアには『黒猫探偵事務所』とある。
「探偵・・・・・・・・・?」
あまり耳慣れしない言葉に大河は首を傾げた。
「そう、探偵。ホームズみたいに謎を解いたりはしないけどね。身辺調査とかするの。」
デスクやソファの横を通り過ぎ、ダイニングテーブルと座り心地の良さそうな椅子が並べられたダイニングに招かれるまま向かう。
「身辺調査?」
「怪しいからこの人を調べてくださいってやつ。浮気調査とか素行調査とか。生い立ちや経歴とかも調べるのよん?室崎くん。」
「!」
自己紹介はまだしていないはず。大河は驚いて鈴の顔を見つめた。鈴は何も言わず、ウィンクを一つしてキッチンに行ってしまった。
「室崎くん、ケーキ食べる?」
「え、あ、はい!」
カウンター越しに見える鈴は冷蔵庫に体を半分以上突っ込むようにしてケーキを取り出している。
「あ、あの、俺、」
「そこに座っててー。」
「はい。」
言われたとおりにテーブルに着くと、鈴がケーキが乗った皿とカップを二つずつ持って現れた。
「はい。美味しいよ。」
差し出された皿にはガトーショコラが乗っていて、勧められるがままに一口食べる。
「ぉ、美味しい。」
「でしょ?紅茶もどうぞ。」
「ありがとうございます。」
紅茶の甘い香りから顔を上げると、鈴がこちらを見ていて、目が合うとにっこりした。
「!!」
それだけで素直な心臓は大きく跳ねるから、大河は顔が赤いのを悟られないようにカップに顔をうずめる。
「ところで、大雅は?」
突然の鈴の言葉に大河はフリーズした。視界が真っ暗にシャットアウトされ、何も聞こえない上、さっきまでしていた紅茶の香りもしない。戸惑う大河は一人、闇に取り残された。



「ったく。突然大河に会ったかと思えば何しやがるんだよ。」
大雅は乱暴に頭を掻きむしった。
「ごめんね。君に会うのに手っ取り早い手段を取らせてもらったよ。」
鈴は大雅の突然の変化に驚く様子もなく、のんびりと紅茶を飲んでいる。
「何の用だ?お前から俺を呼び出すなんて、明日は雪でも降るのか?」
「困っているだろうと思って、わざわざ大河との自然な出会いとかを提供してあげたのにその言い草ぁ?明日は血の雨が降るよ。お前のな。」
「自然な出会いだと?お前がロクでもねぇことするから、アイツ、お前に惚れちまったじゃねぇかっ!」
「いいじゃないか。それも青春。僕にはもうないよ。羨ましいなぁ。」
「ほんと、お前いくつなんだよ。あの時からなんも変わってねぇじゃねぇか。」
「そういう大雅も何も変わってないね。単細胞バカのままだ。」
「なんだとコラ!」
「ほら、そういうところ。」
「っ・・・・・・・・・・・・・・・。」
冷静に指摘され続く言葉をなくした大雅は椅子にどっかりと腰をおろし、苛立たし紛れに紅茶に口をつけた瞬間、吹き出した。
「甘っ!これ、どんだけ砂糖入れてんだよ!」
「汚いなぁ。勝手に大河のものを飲んだのが悪いんでしょ?」
「俺も大雅だっ!」
「字面で察して。」
「さらっとメタ発言するな。つーかさっきまで室崎くんだっただろ。」
「わかった。じゃあ、大雅(笑)だ。」
「ふざけんな。大河(笑)にしろ。」
大雅(笑)は疲れたよう「おい、やめろ。」


[ 1/19 ]

[*prev] [next#]
[index]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -