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ーーーーー金山寺を旅立って四年が経った。
二人で傷つきながらも何とか生きてきたものの、奪われた聖天経文の手がかりは尻尾さえ掴めず、紅月の式神をもってしても何も得られなかった。
元々顔立ちの良い二人は四年で驚く程に大人らしさを身に付け、齢16と思えぬ程の見目となった。
紅月は成長して美しさに磨きがかかり、寺を出て以来髪を切らずに伸ばしていたため子供特有だった体格も共に女らしさが際立った。
この日、三蔵の称号を与えられてから初めて斜陽殿に二人は足を伸ばす。
紅月は本来入れない筈なのだが、門の前で三仏神直々に許可を頂き初めて斜陽殿の中に通された。
「玄奘様…申し訳ありません。私が力不足なばかりに…」
「…お前達に非は無い。お前自身も、お前の式も卑下にするな。」
「…はい。」
暗い面持ちで入り、広い仏間のような部屋で頭をついたまま三仏神を待つ。
その後三仏神と三蔵の会話を顔を上げずに耳を傾けていた。
「三仏神さまのお力を以て幾ばくかの手懸かりをお与え願いたい。
行方さえ知る事が適えば必ずーーー
この命に換えましても。」
「…良かろう。
聖天経文についての情報はこちらでもあたってみるとしよう。
ーーーただし、条件がある。」
暫く思案したのち三蔵の要求を受け入れた女性の顔をした三仏神の一人は続けて話す。
「…条件?」
三蔵が繰り返すと答えたのは男性の老人の顔をした三仏神だった。
「我々が聖天経文の行方を調べている間、
玄奘三蔵ーーーそなたはこの長安の地に留まり、我ら三仏神の使者としていくつかの雑事を片付けてもらいたい。」
三仏神の申し出に三蔵は少なからず戸惑う。
一刻も早く経文を探さなければならないのだ。
そんな時間は無い。
「いや…しかし私は…」
「もう四年も探したのでしょう?」
間髪入れずに女性の三仏神が挟んだ。
「気ばかり急いても詮無い事…第一、聖天経文の守護者である前にそなたは
魔天経文の守護者ーーー“三蔵法師”である事を、努々忘れてはなりませぬ。」
一度区切り、そのまま続けた。
「そう…それに、そのような死んだ眼しか持たぬようでは見える筈の物すら見誤る事になろうよ。
先代の眼鏡違いと謗られぬよう、せいぜい三蔵の名に恥じぬ働きをする事だ」
「っ、黙って聞いていれば…!」
「やめろ紅月…っ」
「そなたもだ、紅月」
自分の主が散々に言われ、耐えられず口を挟んだ紅月は三仏神の言葉に唖然とする。
その言葉には、止めに入った三蔵も目を見張った。
「え…」
「そなたが主である玄奘三蔵を想う気持ちはわからないでもない。
だが、玄奘三蔵に囚われ過ぎだという事にいい加減気づいてはどうだ?
そなたの行動で観世音菩薩がどれだけお心を痛めておいでか、分からぬわけでは無かろう。」
「っ、」
唇を噛み締め黙り込む。
図星であり、天上界で見ているだろう観世音菩薩が心配しているのも知っていて何も言わない事に甘んじている自覚があるからだ。
「そなたの行動は度が過ぎている。弁えよ。」
玄奘三蔵の為にも。観世音菩薩の為にも。
己自身の為にも。
「…観世に、お伝えして頂いてもよろしいでしょうか…?」
「………、」
自分を上で見守っている事は知っている。
だが、
「…私は、もう失いたくなかったと。」
「…我らの言っている事は伝わっておら、」
「見失っていたのは私だったと、お伝え下さい。」
三仏神は目を見張る。
紅月の瞳は憂いに揺れていた。
「…あの方にはそれだけお伝えして頂けたら、私の仰る事は分かって下さると、思います。」
ぎゅう…と握りしめた拳は震えていた。
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